2009年01月22日

古泉×キョン (1-1)


 例えば、幼い頃に信じていた怪奇現象やUFOの類を年齢と共に信じられなくなっていくように、俺は皆と同じ様にごく平均的な成長を遂げてきたといっても過言ではないと思う。
 この世界における平均的一般人代表の俺が、いったいいつどこで人生の岐路を間違えたのか。
 それは間違いなく今年の春だと断言しよう。
 人生の岐路だなどと何を大げさなと大抵の人は思うのだろうが、俺にとってはたかが等と笑っていられる話じゃあない。
 なにせ真後ろに着席していた見ている分には文句なしの不機嫌そうな美少女に話しかけさえしなければ、俺は涼宮ハルヒが作ったSOS団というけったいな部、いや同好会ですらないその集まりに引っ張り込まれることもなく。

 ──ある意味ハルヒより問題児だった、「あいつ」に会うという人生最大の過ちを犯さずに済んだのだから。






 何の変哲もなく何の予感も感じさせない、いつもの放課後。
 ホームルームが終わるとすぐに部室に直行することが日常化していた俺は、珍しく誰もいない部室でなんとなくパソコンに向かい、なんとなくネットサーフィンをしていた。朝比奈さんは何処に行ってしまったんだろうか、彼女のお茶と見目麗しいコスプレと、あの優しい天使の笑顔がこの部室で俺の唯一の楽しみにだというのに。
 因みに俺が部室に来た時に居た長門は学校の図書室に行くといってそうそうに部屋を出て行ってしまった。どうやら誰かが来るのを待っていたようだ。普段なら部室から梃子でも動かなさそうなのに、学校の図書室なんて一体誰の入れ知恵なんだか。
 代わりの店番か? 俺は。
 それはともかく、朝比奈さんの美味しいお茶を待っていた俺の、その部室でのセカンド・コンタクトは、これまた二番目に逢っても嬉しくない人物だった。尤も、逢っても嬉しくない人物ぶっちぎり一位であるハルヒよりは遥かにマシだったが。
 部室のドアが開いて現れたのは、古泉一樹。自称超能力少年、このSOS団の副団長を務めている男だ。
 副団長っていってもそりゃあ単なる肩書きで何が偉いわけもなく、ハルヒにこき使われるのは俺達の肩書きである「団員その一」や「団員その二」と同じなんだがな。要するに、決して羨ましいわけではない。
「やあ、貴方一人でしたか」
「ああ」
 相も変わらず胡散臭げで八方美人的な笑顔を浮かべる古泉を前に、俺は画面から目を離さずに生返事を返す。
 別に面白いサイトを見ているからではない。単に古泉の顔を見る気がしなかったからだ。だってそうだろう、わざわざあの顔に張り付いた笑顔を見るくらいならパソコンの画面を見ていたほうが何ぼかマシってなもんだ。どうせなら極秘の朝比奈さんフォルダから抜粋した特選画像でも見るか。
 だが俺はフォルダを開こうとしていた手を止めた。鞄をテーブルの上に置いた古泉は、てくてくと近寄ってきたからだ。相手が谷口辺りなら絶対の口外無用を条件のうえで朝比奈さん特選画像を見せてやってもいいかもしれない。だが古泉は普段から愛らしい朝比奈さんのお姿を拝謁するという特権を手にしているんだ。別に見せてやる事もないだろう。
 俺の傍に立った古泉は、いつもどおりの胡散臭い笑顔を浮かべながらネットサーフィンを続ける俺の肩に手を置いた。何をする気持ち悪い、と反論を返す前に古泉が口を開いた。
「涼宮さんから伝言を承ってきました」
「涼宮から?」
「貴方宛に」
「俺に?」
 珍しい。というか同じクラスな上に席が前である俺に直接言えばいいものを、わざわざ古泉に残すというのはどういうつもりなんだハルヒの奴。
「ええ。今日は朝比奈さんを連れての所用があるので、部活を欠席するとの事です」
 それで今日は二人の姿が見えないのか。
 因みに、朝比奈さんを連れてという箇所に俺が反応したのは言うまでもない。なにをやらかすつもりなのか、朝比奈さんを今度は何の毒牙にかけるつもりなのだろうかハルヒは。
 待てよ? ハルヒが来ない、おまけに朝比奈さんまで来ないなら今日の部活は休みでいいんじゃないか。そうだな、長門が戻ってきたときの為の留守番はこいつに任せて、俺は有意義な時間を作るためにさっさと帰ろう。
 そんな事を思っていたのだが、俺は余程考えに耽っていたらしい。気づいたとき、俺の顎は古泉によって持ち上げられていた。
 ……なんだ? この展開は。
「……古泉」
「なんでしょうか?」
「この状態はなんだ?」
 なんと説明すればいいか。椅子に座った俺、その後ろというか横に立つ古泉。古泉の手が俺の顎を持ち上げて居る。放課後、二人きりの部室で交わされる視線。はは、このままでは学園ラブコメディのワン・シーンの一丁上がりだ。
 だがいかんせん相手が古泉では、曲者そうな顔つきがネックだな。優男というか、男の俺から見ても決して作りは悪くないのだが、笑顔の裏で何を考えているのか底が知れない。案外、浅いのかもしれないが。
 となるとこのシチュエーションはさしずめ、売られてきた女郎を品定めをする悪代官……やめよう。自分で言っててどうかと思うぞそれは。
 それ以前に俺と古泉でラブコメなんて、文化祭で撮ったあの迷作映画以上に出演御免こうむりたい。
「先程申し上げたとおり、涼宮さんは本日いらっしゃいません」
「ああ」
 だからそれとこの状況の何が関係するんだ。
「朝比奈さんは涼宮さんと一緒ですし、長門さんは……」
「長門なら図書室に行ったぞ」
「ええ、知ってます。先ほど見かけましたから」
 だからなんなんだ。相変わらず勿体つける喋り方をする奴だなこいつは。さっさと結論を言って欲しいものだ。その前にこの手をさっさとどけろ、気色悪い。
「と、言う事はです。今日は邪魔者が入らないという事なんですよ」
 俺はお前と二人きりな時点で今すぐ帰りたい気分だ、と言おうとした。
 したのだが。
 俺の発しようとした言葉は空気にもならずに喉の奥深くに飲み込まれていってしまった。
「っ!」
 有り体に言えば、俺は古泉に口を塞がれてしまったのだ。口を口で、つまりマウストゥマウスで、つまりキスをされて……おいおい、冗談じゃない!
 男とのキスなんて嬉しいわけもない。数秒間真っ白だった頭を総動員して、俺は精一杯の力を込めて古泉を押しのけようと抵抗してやったが、なにしろ古泉という男は勉強もスポーツもそつなくこなす奴であって、つまり腕力もそこそこある。
 俺はいつの間にかしっかり椅子に押さえつけられ、身動きをとることさえ難しくなっていた。
「こういうことです。おとなしく観念して下さい」
 悪魔のような笑みを浮かべて、唇を離した古泉はそう言ったのだった。
04:45 | [小説]other