2013年12月20日

因果応報――秋嵐乱心(緑高+中高)

さて明日はジャンプフェスタですねー! 土曜日のみの参加予定ですが楽しみです! 思う存分黒バス充してまいりますっ。

と、近況はさておきまして。秋嵐乱心の続きを持って参りました。ちなみに「秋の嵐で乱るる心」と読んで頂けたら何よりです。続きというか、時系列は一歩手前に戻ります。今回のお話は中高要素が強めの、高尾君視点です。
今回のパートはこれまで以上にシリアスです。苦手な方はお気をつけ下さいませ。早くハッピーエンドまで辿り着きたい……!

毎度ながら注意書きです。

・このシリーズは全編を通して緑高・緑高前提の中高を含みます。
・物語開始時から緑高を前提としております。
・直接的な濡れ場は御座いませんが、そういう過程も含んでおります。
・着地目標は緑高のハッピーエンドですが、そこまでの道程は基本的にすれ違いシリアスです。

これまでのお話は以下になります(UP順)

・人事不省(中谷×高尾)
・公私混同(相田景虎&中谷仁亮)
・暗中模索(緑間×高尾)
・青息独白(緑間×高尾)
・満心創痍(中谷×高尾)
・宣戦布告(中谷&緑間)
・因果応報(中谷×高尾)


時系列は以下の通りとなっております。
暗中模索→青息独白→人事不省→満心創痍→因果応報→公私混同→宣戦布告

以上の内容でも問題ないという方のみ、お進み下さいませ。




 ギアがパーキングに入り、サイドブレーキを引く機械的な音が、車中のBGMに割り込む。住宅地に停車した為か、中谷がカーオーディオのボリュームを絞った。
 流れていたのは確か、高尾が生まれるよりずっと前に流行った、有名な古い洋楽のナンバーだ。小さくなった音楽が、車の板金を叩く強い雨音に掻き消える。
 僅かに傾いでこちらを向いた中谷に「ここで間違っていないな」と問われ、高尾は小さく「はい」と頷いた。車が停まった目の前に掲げられている表札は、確認するまでもなく、高尾家のものだ。
「……わざわざ、ありがとうございました」
「元々送るつもりだったのだから、礼は良い。それより、降りたらすぐ家に入りなさい」
 諭すような中谷の口調は、バスケの指導中と変わらない。
 だがそこに浮かぶ表情を、高尾はこれまで見たことがなかった。思考の窺い知れない、奥底も測れない。けれど確かに優しさを帯びた、大人の顔。
 凪いだ穏やかな瞳に、磯を削る荒波の激しさはない。その代わり、雄大な大海が描く白瀬の波間に、ゆらゆら漂わせてくれる。今は自力で泳ぐ力がなくとも、浮いて揺られていていいのだと許してくれる。
 それが逃げだと解っていても、道を見失って途方に暮れる高尾の心には、中谷の瞳が酷く心地良かった。
「高尾」
 名を呼ばれ、す、と手が伸びてくる。真っ直ぐ向けられた視線に絡め取られて動けない。雰囲気に呑まれ、高尾が返事を出来ずにいると、中谷の上体が僅かに近づいた。
 中谷の指先が頬へと触れかける。
(――あ)
 この先を察した高尾の肩が強張り、びくんと跳ねた。
 瞬間、中谷の手が進みを止め、そのまま頭上へと移動した。くしゃりと高尾の髪を梳く。
 労わるように優しく、指腹で頭を撫でられるのは心地良かった。
「……すまなかったね」
「や。あー、監督が謝ることなんて、何もないじゃないっすか。っつか、迷惑かけまくってるの、俺ですし」
「ふむ。お前がそう言ってくれるなら、そういうことにしよう」
 苦笑気味の、柔らかな声が高尾の心を包んだ。実際に抱きしめられているわけでもないのに、高尾は中谷の腕の中にいる錯覚に陥る。
 車内の雰囲気に翻弄された心臓が、ばくばく鳴って煩い。
(それに今のって――キスの空気だった、よな。なんで……)
 部室にいた時、暗く澱んだ絶望の水底に沈んでゆく只中で、高尾は胸中に逆巻く情動でいっぱいいっぱいだった。
 そもそも口論の発端が自分である罪悪感、挙句に最も大切な人から否定されたという現実が、高尾のアイデンティティを木っ端微塵に砕いた。
 茫然自失な酷い精神状態の自分に気付いて、肯定をくれたのが中谷だった。
 だから高尾は、目の前にある掬い手に縋ってしまった。一時の慰めを、中谷に求めてしまった。
 あの時、「今だけ」と。高尾は確かにそう言って縋り、中谷も頷いた。 そして行為の中で、何度もキスを交わした。苦しさに背を向けて、無我夢中だった。
 それは恋とか愛とか、そんな温度を持ったものでは決してない。溺れた者の肺に呼吸を吹き込んで、応急処置を施すようなものだ。
 辛さのドン底で、幾ら自暴自棄だったからといって、して良いことと悪いことくらい解っている。想い人が居るにもかかわらず、愛のない情交を強請った行為を、正当化するつもりは毛頭無い。
 全ては自分の弱さが、中谷を巻き込んだのだ。
 以上から、行為に意味があったのはあくまで、助けて貰った高尾の側だけだと思っていた。
 けれど、今のキス未遂でその考えが揺らぐ。元より高尾は空気を読むのが得意なのだ。中谷の本心は見えなくとも、にじみ出る雰囲気から、感じ取れるものはある。
 否、もしかしたらそれは、中谷自身も無自覚なのかもしれないが。
(…………監督。今日のあれは、慰めてくれただけ――ですよね?)
 口に出せない問いを視線に載せる。
 だってまさか、そんなこと有り得ないと思った。思っていた。
 推測が間違っているなら、それで良い。
 だが万が一にも――同情などではなく、中谷が憎からず自分を想ってくれていたとしたら。慰めと割り切って抱いてくれたのではないのなら、こんな酷い話はない。
 何故なら自分から強請った癖に、高尾の心を占めているのは、今もただ一人。冷たい言葉と拒絶の背中を残して行ってしまった、緑間だけなのだから。
(つっても、真ちゃんとはもう……終わっちまったようなモンだけどな……)
 こんな自分は愛想を尽かされて当然だ、と高尾は部室での遣り取りを思い返す。
『じゃあプライベートでも俺よか息の合う奴を探しゃいいじゃねえか!』
 頭に血が昇って、明らかに言い過ぎた自分の言葉。
『もういい』
 終わりを示唆する緑間の言葉。
 高尾の制止も虚しく、顔を歪ませ出て行ってしまった緑間。部室のドアが奏でた開閉音。繋がれた関係を断ち切るような重い響き。
 これがどれだけ深刻な溝か、自分が一番よく解っている。
「……また、そんな目をして」
「え、あ」
 いつの間にか中谷の手が後頭部に添えられていて、不意打ちでぐいと引き寄せられた。
 弾みで一気に顔が近づいて、柔らかな感触がほんの一瞬、高尾の額を掠めた。
 性的な意図よりも、労わりと慈しみ、何より情愛に満ちたキスだった。
「監督、俺」
「何も言わなくていい」
 そのまま頭をかかえるように、中谷の胸に抱かれる。緑間との諍いを思い出してささくれだった気持ちが、とくん、とくんと中谷の脈音を感じるうちに落ち着いていく。優しく頭を撫でてくれる手が、この上なく心地良い。
「……そんな目って、どんな目してんですか、俺」
「ふむ、そうだな。ああ、前に宮地がなんとかいうコンサートのチケットが取れなかったと嘆いていたことがあったな。それに近い」
「……そりゃすげー酷いってことっすよね。つか、なんで監督が宮地サンの好きなアイドルとか、チケ争奪戦の悲劇とか知ってんすか」
「お前達が入学する前の話だよ。普段は真面目な宮地が、練習に身が入らないほど魂の抜け殻になっていたことがあってね。当時の宮地はスタメン候補だったこともあって、流石に面談をした。理由を言うのは暫く渋っていたんだけれど、好きなアイドルの卒業に立ち会えないのだと、切々と語られてね。本気で泣きそうな顔をされて、あの時は本当に困った」
「ふはっ、そりゃ宮地サンが落ち込んでもしょーがないっすね。って監督、この話って生徒の個人情報ってヤツっしょ。勝手にバラしちゃ不味いんじゃ?」
「そうだな。だから忘れるように」
「努力はしますけど、保証はできないっすよ」
 額を中谷の首下に埋めたままククッと忍び笑いを漏らすと、くすりと中谷が笑む気配を感じる。
「それでいい」
「んなこと言っちゃっていいんすか?」
「ああ。無理して忘れるくらいなら、心にしまっておきなさい。他言は無用だが、わざわざ心に負荷をかけることはない」
 物静かでどこか言い聞かせるような中谷の物言いは、宮地の話だけでなく、暗に今夜のことも指しているのだと高尾は察した。
 していること自体は教師としての度を超えている。が、言葉だけを素直に受け取れば、これはやはり生徒として甘やかされているのだろうか。
(わっかんねー)
 だがもしも自分の推測が当たっていたら。このまま緑間への想いを凍らせて、この恋心を弔って。中谷と互いに慕い合えたなら。教師と生徒、しかも同性と、世間的には許されない関係だ。けれど本心から愛し合っていれば、さしたる障害ではないと思えた。
 それはとても甘い誘惑だ。心に傷を負い、想いの行く先を無くした迷い子にとっては、特に。
(――って、バカか俺は。自惚れんなよ。つか、ンな簡単にホイホイ心変わり出来たら苦労しねーよ)
 きり、と高尾は唇を噛む。中谷の腕に包まれたまま、小さく首を振った。容易に凍せられるような想いなら、ここまで弱ったりしていない。
 ふ、と頭上から、疲れにも似た吐息の漏れる音が聞こえた。直後、ほんの一瞬、自分を抱く腕に力が込められたような気がして――それと同時に、中谷の温もりが高尾からゆっくりと遠ざかった。
 中谷と距離が空いたことにホッとするが、心のどこかで、温もりを惜しむ声が聞こえた気がした。
「まだ本調子には程遠いが、さっきよりはマシな顔になったな。……高尾。今日はしっかり、心身の休息をとりなさい」
「……あ、はい」
「うん。それじゃ、おやすみ」
 柔らかな口調で諭されて、素直に頷いた高尾は言われるままに助手席から降りた。
 ザァ、と土砂降りの雨粒が横殴りに降っていて、車内に入らないよう急いでドアを閉める。そのまま傘も差さずに、玄関へと走った。
 途中、下腹部の痛みから足がもつれて転びそうになる。そのまま辿り着いた玄関で、扉を開けて中に転がり込んだ。
「た、だい、ま」
 容赦なく風雨に叩きつけられたお陰で、ほんの数メートル走っただけで制服はずぶ濡れだ。鞄は抱えこんでいたから、中身は無事だと思いたい。
 驚いた様子の母親が持ってきてくれたタオルで軽く全身を拭いていると、風呂が用意されていることを告げられた。続いて、遅くなるなら一報入れなさい、台風の中どうやって帰ってきたのというお小言が降る。「ははっ、つい練習に熱入って。気付いたら外こんなでさー、監督に車で送ってもらっちった」とヘラリ笑って軽口を叩いた。ちゃんとお礼をしなさいよと諌められ、わーってるってと肩を竦めた。
 普段通りの、家族の会話。遣り取り。声は平常通りに出せた筈だ。
 水滴の伝う髪を拭きながら、高尾は母親の言葉を反芻する。
(風呂か……)
 正直なところ、自室に戻って一度でも座ってしまったら、今日はもう立ち上がれる気がしない。
 だが短時間とはいえ、雨雫で冷えた身体は温めるべきだろう。それに情事の名残りを洗い落とす必要もある。
(しゃーねえ、着替えだけとってくるか)
 仕方なしに高尾は二階の自室へ赴き、いつもの定位置に鞄を置いた。びしょ濡れの制服を上下とも脱いで、ハンガーに掛ける。着替えのロンTと下着、ハーフパンツをクローゼットから取り出した。
 カーテンを閉めるついでに、暗闇に覆われた窓の外に目をやる。夜の闇に加え、絶え間無く雨が叩きつける窓は、絶賛視界不良だ。
 その中に、小さな橙の光が点滅しているのを見つけた高尾は、窓に寄った。
「……あれって」
 高尾家の前ではなく、少し離れたところで、一台の車がちかちかとハザードランプを点灯させていた。暗がりに辛うじて浮かぶ、見覚えのある形状の車体は、間違いなく高尾が乗ってきたものだ。
(何で、まだそこにいんの)
 乾いた唇が形作った言葉は、声にならなかった。
 人に帰りなさいと促しておいて、何故まだそこにいるのか。
 回らない頭で、中谷が去らない理由を想像する。ただ単に、運転の休憩をとっているだけならいい。だがこの天候では、いつ道が川になるか判らない。早く帰るべきなのは中谷とて同じだ。
 それでも停車している理由とは。
(帰り難い、とか?)
 ごくん、と生唾を飲み下す。
 車中でまさかと仮定して、やはり違うかと結論づけた想定。それが再び覆されて、高尾の罪悪感を煽った。
 指先を震わせ、暫く光から目が離せないで居たのだが、中谷の車が移動する気配は一向に訪れない。
 何時までも消えないハザードランプ。運転席の中谷はいったいどんな顔をしてそこにいるのか。
 点滅する光を見ているだけで辛く、胸が締め付けられる。
「………ッ」
 よろめきながら、高尾はハンガーに掛けた学ランに手を伸ばした。覚束ない手つきで内ポケットを探り、スマートフォンを取り出す。
 液晶画面を見て、思わず息を飲んだ。
「――嘘、だろ」
 そこには数件の不在着信が表示されていて、全て、緑間からのものだった。
 時刻はどれも、緑間が部室を出てすぐの頃合いだ。もしくは、中谷と居るときの。
(なんで、真ちゃんから電話なんてかかってきてんの。あんとき俺に、もういいっつったじゃん)
 もういい、と。あんな言葉の後に何故、自分に電話をかけてきたのか。もう自分のことなどどうでもいいから、制止も振り切って部室を出て行ったのではないのか。
 留守電やメールは残されていない。直接言いたいことがあるのだと、暗に言われている気がした。
 この状況で、緑間が自分に直接言わなければならないと判断した内容――緑間に対してネガティブな思考から脱却出来ていない高尾は、最悪の言葉を想像する。
 律儀な緑間のことだ。一旦は頭に血が昇っていても、別れるとなれば、メールなどではなく、きちんと話をしたいのだろうか。
 スマートフォンを持つ手がわなわなと震える。頭では判っているつもりだったし、覚悟はしていた。だが緑間から最後通牒の片鱗を改めて見せられた気がした、その衝撃は大きい。
(……今は、こっち先)
 シカトするわけじゃないからさ、と誰にともなく言い訳をしてから、画面をタップして中谷宛のメールを作成する。件名は、ありがとうございました。本文には、家まで送って貰ったことに対しての謝辞を重ね、きちんとこれから風呂で温まるので心配無用の旨をしたためる。送信ボタンをとん、とタップし、メールが電波の海へ出航した。
 口吻けられた額をこつん、と窓に押し当てる。ひんやりとしたガラスの冷たさが、中谷から与えられた柔らかな温もりを奪い去っていく。
 暫く待ってもメールの返信は無かったが、その代わりに停まっていた車が走り出すのが見えた。
 風雨の中、小さくなっていく赤いテールランプをぼんやり見送る。
「スミマセン、監督」
 意図通りではあるが、メールで車を追い払った事実に、高尾は俯くように頭を下げ、暗闇に向かって呟く。届かない謝罪など自己満足以外のなにものでもない。判っていたけれど、言わずにいられなかった。
 その時――まるで高尾の声に呼応したかのようなタイミングで、手の中のスマートフォンが急に震えた。
 まさかあの人運転しながら電話してきたのか、と慌てて画面を覗き見た高尾の体は、その格好で硬直する。
 表示名は『真ちゃん』。フルネームでは無く、愛称で入力している、大切な人の名前。
「なん……つー、タイミング、で」
 緑間からの不在着信を見て、無視するつもりはないと思ったのは、ついさっきのことだ。
 けれど――この電話に出れば、緑間と話をしなければならないのだという緊張が全身に行き渡る。
 ましてや、中谷とのことがあった直後だ。時間を置いたならともかく、幾らなんでも今は普通に話せる自信などない。
 この電話をとることが、決定的な別離の入り口かもしれない。どうせもう終わったようなものだと思いつつも、バイブレーションを続けるスマートフォンの画面をどうしてもタップ出来ない。
 固唾を飲んでいるうちに、着信は留守電へと切り替わった。
 無意識に詰めていた息をほうっと吐き出す。
「ごめ……真ちゃん」
 緑間からのコールが鳴っている間の、極めて短時間ではあるが、極度の緊張状態だった所為だろうか。冷えて血色の悪くなった体が貧血を起こし、高尾の視界は急激に青みがかって、世界が暗く歪んだ。
 あ、ヤバいと。そう思った時にはもう遅かった。
 意思とは無関係にぐらりと体が傾ぐ。このままでは床とキスする羽目になると、ギリギリでなんとか倒れ込む方向を変え、高尾は辛うじてベッドにぼふりとダイブした。
 硬直した手に握られたままのスマートフォンは、先程と画面が少し異なっていた。不在着信ではなく、留守番電話が残されている。
「…………メッセージを一件、お預かりしておりまーっす、てか?」
 ふはっ、と。乾いた唇から、無感情な笑いが口から零れた。何を聞かされようとも、もう腹は据わっている。能面のような表情で、高尾は冷え切った指先で操作し、留守電を再生した。
 だがその覚悟は、直後にぱっきり折られることになる。
『……高尾、これを聞いたら何時でも構わない、折り返し電話を寄越せ。何でもいい、監督との関係を釈明しろ。お前にはその義務があるのだよ。……ッ、高尾、何故だ。お前は何故あんな』
 ぷつ、と。時間がきて、メッセージはそこで唐突に切れた。計り知れない怒気を孕んだ低い声音と、切れる直前の慟哭に満ちた呼びかけが高尾の胸を貫いた。
 喧嘩別れをしたままなのだから、機嫌が悪いか怒っているか、はたまた一周回って冷静かなのは予想の範疇だった。
 だが、緑間が電話をかけてきた理由が、あの時の口論で無いとは思いもしなかった。
 メッセージに含まれていた決定的な文言が指す意味を悟り、高尾はガタガタと体を震わせる。
「……は、はは。監督との、って。マジ、かよ」
 留守電を再生している最中、止まっていた呼吸をようやく再開する。嘘だと思いたいが、残念ながらこれは現実だ。
 このタイミングで緑間が監督とのことを知っている。どの場面かは定かではないが、部室に中谷と居たのを緑間に見られていたのだ。そのことに対し、この上なく怒っている。
 自分との関係など、もうどうでもいいと緑間が本気で思っているならば、いちいち怒りもしないだろう。緑間の性格を考えれば、恐らく尻の軽い人間だと軽蔑されて終わる。
 つまり――あんな遣り取りをしたけれども、緑間は未だ自分を気にかけてくれているのだ。そして、高尾はそんな緑間を最悪な形で裏切ってしまった。
(――マジでサイッテーだな、俺)
 己の罪は自覚している。
 あの時の自分は、心が軋んで悲鳴をあげていた。もし中谷が来てくれなかったら、高尾は今も温度のない部室で一人、絶望に打ちひしがれていただろう。
 それでも、そんなものは言い訳に過ぎない。一時の安らぎと引き換えに、緑間を、そして自分の恋心を裏切ってしまったことに変わりは無いのだ。今更ながら、自分の不誠実さに高尾は自嘲し、乾いた笑いを漏らした。
 力が出ない。
 部室に残されたときなど比べものにならない、正真正銘の生ける屍状態だ。
 生乾きのシャツが高尾から体温をどんどん奪っていく。寒くて仕方ないのに、動くことが出来ない。せめてベッドの中に入れば良いのだが、それすら億劫だった。
 階下から呼ぶ母親の声に「ごめん、すげー疲れたからもー寝る」となんとか返し、スマートフォンの電源を落としてから、リモコンを操作して部屋の照明を消した。
「ごめ……なさ……」
 掠れた声音の謝罪が何処にも、誰にも届かず部屋の空気に溶け消える。
 頬を流れ伝う雫だけが、高尾に僅かな温もりを感じさせていた。
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