2013年06月25日

暗い日曜日 2――自称特別捜査隊(ペルソナ4【八十神怪談】)

前作の続きになります。

以下、前回と同じ記載になります。
こちらはpixivの企画、八十神怪談に参加させて頂こうと書いておりました。今回は主花では無く特捜隊中心でカプは特になし、のつもりではあるのですが、書いている人が陽介贔屓なので、自然番長も相棒贔屓になっております。番長と陽介を中心に話が進むことになりますが、でも友情。
題材にさせて頂いた暗い日曜日は有名な都市伝説であります。その割りに話の方はホラーにはなっていないかもしれませんが、少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。

時期的には基地の攻略後、文化祭前くらい。真犯人周辺のネタバレはありませんが、細々としたネタバレはあるかも知れませんので、アニメ未視聴・ゲーム未プレイの方はその旨ご了承下さいませ。基本、P4G準拠になるかと。


主人公の名前は出てきませんが、多分自宅ゲーム番長。前回かなり中途半端なところで切ってしまったので、とりあえず書けているココまでを一旦投稿させて頂きまして、夏コミ原稿も頑張らねば。
横になったままでもぽちぽちとテキストは打てますが、今月はほぼ宜しくない体調だった(現在進行形)ので、暑さが本格化する前にしっかり治したいところであります。




「センセイー! ヨヨヨヨースケがいないクマああああ! 今日、午前中からジュネスのお仕事入ってる筈なのに!」
 翌朝、堂島家の静かで爽やかな休日に、泣き声交じりの第一声が響いた。
 まさに襲来という言葉が相応しい様子で慌ただしくやってきたクマに、昨日抱いた悪い予感が胸を掠める。
 朝日に映える金髪を振り乱す半泣きのクマに驚いたのか「クマさん泣いてる……ようすけおにいちゃんが、どうしたの?」と菜々子が俺の足を掴んで不安げに寄り添う。
 菜々子の頭を大丈夫だよと笑顔で言って撫でてやるが、正直に言えば俺も内心かなり狼狽していた。
 悪く言えばチャラい、良く言えば今風にお洒落な外見に反し、花村の仕事に対しての姿勢は至極真面目だ。周囲との摩擦を極力避け、人を気遣うあの性格で、急な欠勤があるたびに文句も言わずにその穴を埋めるような奴だ。
 その花村が、勤務を勝手にほっぽり出して消えるとは思えない。大袈裟ではなく、ただ事ではない何かが起きていると、俺の本能が警告を発していた。
 とりあえずクマの話を聞くのに玄関先では何かと不味いと、菜々子を宥めて安心させてから、泣いているクマを二階の自室へと連れてきた。
 叔父さんがもう出勤していて良かったと、心から思ってしまう。もしまだいたなら、一体何事かと尋問されるのが容易に予想できるからだ。俺達を心配してくれているのは判るし、それ自体はとても嬉しいのだが、ヘタに警察沙汰にしたら花村が困るのは目に見えている。
 麦茶を注いだグラスを手渡し、えぐえぐと涙を零すクマの頭を菜々子にしたように撫でてやった。
「少しは落ち着いたか、クマ」
「センセイ……うん」
「花村がいないって、一体いつから姿が見えないんだ」
「昨日の夜は、ちゃんと居たクマ。ヨースケにおやすみなさいって言って、クマは押し入れにもぐったの。でも、でも起きたらヨースケのベッドが空っぽで、お布団も冷たかったクマ」
「花村のご両親は?」
「ママさんもパパさんも昨夜は夜勤で、もうすぐおうちに帰ってくるはずクマ。でも夜勤の時はいつも帰るの遅くって、お昼近くになることも多いクマ。だからママさんもパパさんもヨースケが居なくなったの知らないクマよ……あと、おうちの電話からヨースケの携帯にかけてみたけど、繋がらなかったクマ」
「そうか……クマ、例えば夜中に花村が出かけた気配とかは、なかったのか?」
「クマ、ずーっと眠ってたからわからない。もしかしてと思ってヨースケの部屋にあるテレビの中に頭入れて、鼻クンクンして探ってみたけど、ヨースケの気配、感じられなかったクマ。……どうしようセンセイ」
 内心、俺は舌を打つ。クマの話を信じるならば花村が消えるという不可思議な現象が起きているのは確かで、それならばテレビが関係している可能性が高いのではと踏んだのだが、その当ては外れたようだ。
 つまり手がかりゼロの状態から花村を探さなければならない。
「とりあえず、他のメンバーに連絡を取ってみよう。クマ、花村なら俺が何とかするから大丈夫だ。必ず見つけてみせるから、今日は花村の代わりにバイトに入れるか? 何か判ったらすぐジュネスに行くから」
「うん、わかったクマ。クマはできるクマクマ! センセイ、ヨースケのこと頼んだクマよ」
 普段はじゃれあいのような喧嘩ばかりしているが、なんだかんだ一番クマの面倒を見てくれる花村のことが心配で堪らないだろうに。涙を堪え、精一杯背伸びをして、胸をドンッと叩くクマの姿が随分と頼もしく見えた。
 ようやく涙の止まったクマを、頑張れ、と心から励まし、ジュネスへと送り出してから、俺は携帯を取りだした。
 先ずは念の為にと俺からも花村に電話を掛けてみるが、クマの言った通り繋がらない。というか、普通に留守電に転送される。
 つまり花村は現在、電波の届くところに居て、尚且つ連絡が取れない状態、ということか。
 テレビの中では当然ながら、電波が届かないので基本携帯は使えない。花村陽介という男は人並外れた運の悪さとドジっ子属性を持っているので断言は出来ないのだが、どこかに携帯を落としていない限り、やはりテレビに居るという線は薄そうだった。
「さて、どうするかな」
 現状、花村の行方について情報を持っていそうなのは――下ネタ電話がかかってくるくらいに花村と仲の良い里中、もしくは探偵である直斗。二人のどちらかに当たろうとも思ったが、とりあえず同性の完二あたりから聞いてみることにした。
 外見は如何にもヤンキーな風貌の完二だが、あれでなかなか折り目正しい性格で、健康的且つ規則正しい生活を送っている。
 時計の表示は午前七時、電話をするには未だ少し早い時刻だが、完二ならきっと起きているだろう。
 それに正直、この時間にいきなり女性陣へ電話をするのは気が引ける。例え寝起きだろうと漢気溢れる完二なら、事情を聞けば必ず力になってくれると、アドレス帳から完二の番号を呼び出して発信する。
 ――だが。
「……これはもしかしなくても、完二も……なのか……?」
 幾らコールしても、完二は電話に出なかった。花村の時と同じく、留守電へと転送されてしまう。
 昨日、編みぐるみでも作って夜更かしをして、寝坊しているのかも知れない。完二だって男子高校生だ、日曜の朝が遅いときだってあるだろう。
 ただそれだけだと、そう思おうとしているのに、膨らんでいく嫌な予感が胸から離れてくれない。
 姿を消した花村。繋がらない電話。そして完二。
「…………」
 虚しく鳴り続けるコールを切って、俺は深々と息を吐いた。落ち着け。まだ、完二も行方不明と決まったわけじゃない。
 呼吸を整えてから、俺は直斗の番号を呼び出して発信する。
 すると今度は三コールで通話が始まり、自然と頬が緩む。その段に至って、俺は自分の顔が相当に強張っていたのを自覚した。
『先輩? あの、もしもし』
「ああ、すまない直斗。おはよう、朝早くにすまないが、今、時間大丈夫か?」
『おはようございます。時間なら別に問題ありませんが、どうかしたんですか。もしかして、事件のことで何か進展でも?』
「いや、そちらは特に進捗ない。というか、それ以上に深刻な事態、かもしれない」
 受話口越しに、はっと息を飲む音が聞こえた。俺は今朝からの事態、クマがうちに来て語った話の概要と、更には完二とも連絡がつかないことを告げた。
『花村先輩と巽君が……ですか。まさか、二人ともテレビに……?』
「さっきも言ったけど、その可能性は低い。携帯の件もあるし、あとでりせにも改めてサーチして貰うつもりだが、何よりクマが花村の匂いを掴めないとは思えないんだ」
『確かに、巽君ならともかく、僕等の中でクマ君に最も近しい存在である花村先輩を見つけられないとは、考えにくいですね……ちなみに先輩、花村先輩の相棒としての見解をお聞きしたいんですが。花村先輩の行方に、何か心当たりはないんですか?』
「散歩や散策で花村が行きそうな好きな場所って意味なら、幾つかあるけど。バイトをほっぽり出してまで行く場所は、想像つかないな。誰かに呼び出されて仕方なくとか、そこに相当な理由がない限り、バイト先の人達に迷惑をかけるような真似はしないだろう」
 早朝の散歩をしているだけなら、高台や鮫川あたりに居そうなものだが、それだと電話が繋がらないことの説明がつかない。
 それは完二にしても同様だ。いつ事件がどう動くか判らないこともあって、特捜隊のメンバーは全員、携帯は基本常に繋がるようにしている筈だった。
『とにかく、一旦合流しましょう。僕は久慈川さんと、念の為巽君にも電話しますので、先輩は里中先輩と天城先輩に連絡をお願いします。支度が整い次第、フードコートに向かいます』
 判った、と了承してから電話を切る。
 すぐに里中と天城に電話をかけ、それぞれに事情を説明し終わった俺は、ふうと安堵に胸を撫で下ろす。話の内容に驚いてはいたが、二人が無事でなによりだった。
 果たしてりせの安否はどうだっただろうと眉をしかめたタイミングで、直斗からりせの無事と完二にはやはり連絡がつかなかった旨を伝えるメールが入り、全く良くできた後輩だと、返信に里中と天城の無事をしたためた。
 流石、若いながら探偵として警察が頼るだけあって、直斗の手際の良さに感服する。
 部屋着を脱いでシャツに腕を通しながら、こういう段取り、今までは花村としていたんだよな、と。
 棚に飾られたジャックフロストの人形を見つめた俺は、アンニュイになりかけた気分を意識的にポジティブ思考へとシフトチェンジする。
 大丈夫だ。花村も、そして完二も。必ず帰ってくる。でなければ俺が、絶対に見つけ出してやる。
 自分に言い聞かせながら魔術師のアルカナであるジャックフロストを一撫でし、頬をぱちんと軽く叩いて気合を入れる。
 階下に降り、洗濯中の菜々子に手伝えないことの謝罪と外出を告げた俺は、携帯と財布、それから念の為に最低限の回復剤を持って、堂島家を後に駆け足でジュネスへ向かった。




 都会に居た頃は当たり前のように利用していた二十四時間年中無休の店舗施設は、ここ八十稲羽ではジュネスしか存在しない。ジュネスが朝から開いていてくれて本当に良かったと、俺は閑散としたフードコートで皆を待ちながらリボンシトロンを飲んでいた。
 リボンナポリンとどちらにしようか悩んだが、今の気分は炭酸だった。スカッと心地良い気泡が喉を滑り落ちていく。
 この時間、流石にフードコートの店舗は未だ準備中なので、いつものソースが焦げる香ばしい匂いはしてこない。普段、フードコートの店が開いていない時間帯には来ないので、なんだか別次元に迷い込んでしまったような錯覚に陥る。
 それを打ち破ってくれたのは、後輩達の明るい声だった。
「おはようございます先輩、やっぱり貴方が一番でしたか」
「センパーイ! おはようございますっ!」
 揃って姿を現したのは直斗とりせで、元気に挨拶してきた二人の顔はすぐに翳る。
「来る途中、巽屋に寄ってみたんだけど……完二、居なかった。小母様にも聞いたら、昨夜寝る前は確かに居たんだけどって」
「余計な心配を掛けないよう、巽君のお母さんには、僕らは彼と待ち合わせをしていたのだけれど、行き違ってしまったようだと説明しておきました」
「……完二も姿が見えない、か」
「ええ。少しばかりお話を伺ったんですが、巽君のお母さんは起床時間が早いらしく、午前六時には起きていらしたそうですが、その時にはもう巽君の姿は見えなかったとか。その分、就寝は早いそうですので深夜帯の様子は判らないそうです。そういえばメールでも伺いましたが、里中先輩と天城先輩は家にいらっしゃったんですよね」
「ああ、無事だった。現状、連絡がつかないのは花村、完二の二人だけだ」
「まさかとは思うけど、実は二人で示し合わせてどっか遊びに行ってる、とかじゃないよね?」
「それはあり得ません、久慈川さん。少なくとも花村先輩は今日、シフトが入っていたそうですから」
 あーそっか、とりせが納得しているところに天城と里中がやってきて、場が一気に賑やかになる。
 女子が四人集まればそれなりにかしましい。だが率先して話題を振っていた花村とぴょこぴょこ着いてきていたクマのペア、その二人によくからかわれていた完二が居ないだけで、やはり随分寂しく感じる。
(昨日は全員揃っていたのに――)
 この場に居ない姿を探し、遠い目をしていたのに気付かれたのか、隣に座っていた天城に肩を叩かれて、俺の意識はハッと現実に舞い戻った。
「臨時特捜会議、始めよう。大丈夫、二人ともきっと見つかるよ」
「……ああ。そうだな」
 心ここに在らずだっ俺の様子を察してくれた天城に心から感謝しつつ、俺達は会議を始めた。
 何か知っていることはないか、情報交換をすることになったのだが――残念ながら、特に目新しい情報は無かった。
 里中が言うには、昨夜は花村から電話が無かったらしく、姿が見えなくなった時間をある程度特定出来るかも知れないという一縷の望みも儚く消えた。
「本っ当、バ完二も花村センパイも、どこ行っちゃったんだろう。今もっかい電話かけてみたけど、やっぱり二人とも繋がらないし」
「八十稲羽を手当たり次第しらみつぶしに探すという手もありますが、人海戦術をするには圧倒的に人員が足りませんね。かといって、警察を頼るわけにはいきませんし……」
「警察に行ったら大ごとになっちゃうものね。花村君はジュネスに迷惑をかけるような面倒ごとは避けたいだろうし、完二君はお母さんに心配かけたくないだろうし」
「うーん、二人が消えた理由かー。テレビじゃないってんなら、実は昨日の曲が原因だったりしてー」
 なーんちゃって、あはははーっと。あっけらかんと笑った里中を覗く全員の頭上に、イクスクラメーションマークが飛び出した、気がする。
「え、あれ? 当たりだったり、とか? や、ほら。適当に言っただけだって」
「いえ、里中先輩。その可能性が無いわけではありません。確か、実際に亡くなられた方々もいらっしゃるんですよね?」
「……っていう、噂だけど……」
 調べてみる価値はありそうです、と直斗が神妙に頷く。
「普段ならば気にも留めない、科学的根拠のないただの噂ですが、僕らはマヨナカテレビという非現実が存在していることを知っている。手がかりが他に無い以上、そこから先ずは攻めてみましょう」
「俺も、確かめてみる価値はあると思う。失恋云々はさておき、不穏な噂のある曲を聴いた翌朝に姿が見えなくなるなんて、タイミングが良すぎると思わないか。しかも花村だけじゃなく、完二までもが同時にだ。おまけに今日は日曜日、噂がもし真実なら――一刻も早く、二人を見つけ出す必要があるだろう」
「ちょっと待ってよリーダー、それってまさか花村と完二君が……じ、自殺しちゃうんじゃ、ってこと?」
 恐る恐る口にした里中の言葉に、一瞬にして全員の顔から血の気が引いた。
「二人に何が起きているかは判らない。だが噂を元に推測を立てるなら、その可能性も考慮する必要がある」
 あの二人に限って有り得ない、と否定できる人間はこの場に居ない。
 底抜けの明るさを見せる花村と、単純熱血快活男児を地でいく完二。傍から見れば自殺なんて言葉とは縁遠い性格、と誰もが思うだろう。
 だが俺達は事件を追うなかで人の表裏、影に潜むもの、深い闇を幾つも見てきた。故に、表面だけでは計れないものがあると知っている。己に責任の無い事由で周囲との軋轢に苦しんでいた花村、性分と外見のギャップから生まれる誤解に苦しんでいた完二。その痛みから逃れようとしていた影の姿を、俺は、俺達は見てきたのだ。
「とりあえず天城と里中は高台と鮫川を回って二人の目撃情報を集めてくれ。りせと直斗は、テレビで花村と完二がいないかサーチをしてから、噂の裏付けを頼む」
「ん、判った。キミはどうすんの?」
「俺は花村の部屋に行ってみる。さっきクマに聞いたら、花村のご両親は夜勤から引き続きまだ仕事をなさってるらしい。今なら花村家は無人だから、クマに鍵を借りて手がかりを探すよ。完二の家にも行ければ向かう。何か判ったらすぐメールか電話してくれ。何も無くとも、昼には一旦合流しよう」
「ラジャー!」
「うん、判った」
「了解しました」
「ぜーったい二人を見つけようね、センパイ!」
 気合いを入れる頼もしげな女性陣を見送ってから、俺はクマのいる食料品売り場に向かう。
 まだ早い時間にもかかわらず、食料品売り場は八十稲羽の主婦達でそこそこ混雑していた。フードコートが閑散としていた分、その落差に驚くが、ジュネスは日曜日の朝市があったことを思い出す。そういえばそろそろ専門店も開く時間帯だ。
「センセーイ! さっきぶりクマ!」
「クマ。頑張ってるな」
「ヨースケの代わりに頑張ってるクマよ!」
 偉い偉いと頭を撫でてやると、心地よさそうにクマが目を細める。
「ところでクマ、花村の家の鍵を借りたいんだが、持ってるか?」
「おうちの鍵クマか? ヨースケから肌身離さず持ってろって言われたけど、センセイなら渡しても大丈夫クマねっ」
 いそいそと首にかけていた紐をクマが引っ張ると、そこに家の鍵がぶら下がっていた。外したそれを「お借りします」と受け取りポケットにしまう。
「パパさんとママさん、おうちに帰れるのお昼過ぎくらいになるってさっき言ってたクマ」
「本当に忙しそうだな」
 花村のご両親の過労具合が心配ではあるが、申し訳ないと思いつつも今だけはそれに感謝する。
 度重なる訪問で築いた信頼のお陰で、花村のご両親の俺への心証は、すこぶる良いと自負出来る。とはいえ、留守中の家に居るのを見つかるのは幾らなんでも流石に宜しくない。余程上手く説明出来ない限り、せっかくの評価も崖から急勾配で鋭角に転がり落ちるだろう。
 鍵を預けられるほど花村家の住人と化しているクマが一緒ならまだ良いのだが、花村の行方不明で空いたシフトの穴を埋めてくれているクマを連れて行くわけにはいかない。
「ありがとな、クマ。それじゃ、急いで行ってくる」
 礼を言ってその場から立ち去ろうとした俺に、クマが少しだけ言いにくそうに口を開いた。
「あのねセンセイ。クマ、思いだしたことがあるの」
「ん?」
「昨夜のこと。押し入れに入る前、クマ、ヨースケにおやすみなさいって言ったの」
「ああ」
「けど、そのときのヨースケ、ちょっと変だったクマよ」
「変って、どんな風に変だったのか、覚えてるか?」
「上手く言えないけど、なんかママさんが作ったお豆腐料理を食べたときみたいな顔してたクマ」
 成る程。俺が豆腐料理を作った時にも見せる、あの微妙な表情をしていたということか。
 自分の為を思っている相手の好意を思えば嫌とは言えなくて。出来れば遠慮したいと思っているが、出されたものは残さず食べる辺り、律儀というか損な性格というか。そういう生真面目なところ、嫌いじゃないけどな。
 と、思考が脱線した。
「……そっか。偉いぞ、クマ。よく思いだしてくれた。きっとそれも、二人を探す手がかりになる」
「うん。センセイ、ヨースケのこと、お願いクマ。カンジのことも、見つけ出して欲しいクマ」
 男と男の約束だ、と力強く言ってやると、クマがキラキラと目を輝かせた。
 あ、これは不味い。
 感動したクマが何やら叫び出す予兆を察した俺は、それじゃ行って来るから仕事頑張れ、と言い残してその場をあとにし、一路花村の家へと駆け出した。


 
 住人である花村陽介曰く、変な形の屋根をしたその家は、八十稲羽を横切るように通る幹線道路にほど近い住宅地に建っていた。
 確かにこれだけ大きな道路に近いと、夏場を中心にやたらと元気になる、暴走車両の騒音は迷惑だったに違いない。まあ、今やその暴走族は、完二によって粗方キュッとシメられた所為かすっかりおとなしくなっているらしいが。
 急ぎ足で来た為、若干息を切らした俺は、花村家の門扉を、インターホンを押さずに入った。
 何度も遊びに来たことはあれど、当たり前だが不法侵入は初めてなので、些か居心地の悪さが付きまとう。
 勝手にお邪魔して申し訳ありません、と心中で頭を下げつつ、預かった鍵を差し込んで回して扉を開け、玄関に入って再び施錠した。
 シンと静まり返った無人の家は、なんだか花村の家じゃない気がしてしまう。
 クマもご両親も居ない時、この家に花村が一人でいる姿が想像出来ないのは何故なんだろう。その時の花村は、果たして笑っているんだろうか。俺の脳内では何故か、表情を無くした花村が一人、部屋の真ん中に座っていた。そんなの花村らしくない、と思っているのに。
(いや、一人でいるのに笑ってたらそれこそ不自然か――って、そうじゃないだろ俺)
 自分でも良く判らない感傷にふけっている場合じゃない。時間は限られているんだから、と念の為脱いだ靴を手に持ち、俺はまっすぐ二階にある花村の自室に向かった。
 あまり効果はないが対クマ用なのだと花村が苦笑しながら言っていた、開ける時は先ずノックすべし、という文面が平仮名で書かれたドアプレートが迎えてくれる。
 そんな見慣れた部屋の扉を開けた瞬間――ぞわりと背筋を嫌なものが駆け抜けた、気がした。
(なんっ――今の、は)
 シャドウ相手に立ち回っているうち気配に対して敏感になった自覚はあっても、霊感の類いは無いはず、なんだが。
 上手く言葉にするのは難しいが、なんというか、何かが居るような。否、何かが居た痕跡があるような、説明しがたい空気が部屋に充満していた。
 直感に従い、俺は慎重に部屋へと足を踏み入れる。
 某黒光りの物体を嫌って本来綺麗好きな花村の部屋は、相変わらず押入れ付近を中心に雑然としていた。誰の仕業かは言わずもがな。
 世話焼きな性分が顔を覗かせ、つい部屋の掃除してやりたくなったが、それは全てが片付いてからだ。
 目線で部屋を見回し、何か変わったことや手がかりは無いだろうかと観察していると、奇妙な点に気がついた。
「制服が、かかってない……?」
 休みの日に花村の部屋へ遊びに来たとき、いつも必ず掛かっている場所に、ある筈の制服が無い。
 不自然にぽっかりあいているその空間に、ビビッドオレンジのハンガーがぽつんと残されていて、俺の違和感は決して記憶違いでないと教えてくれる。
 つまり、花村は八十神高校の学ラン姿でいる可能性が高いとみていい。
 しかし――何故だ。
 クマの発言から、花村が姿を消したのは夜中から早朝にかけて。当然、寝る前に学ランだったわけもない。
「わざわざ制服に着替えたのか……?」
 休みの日に、わざわざ目立つ制服に着替える理由など、部活があるか――もしくはテレビに行くか、くらいだ。
 だがテレビの中に花村の気配はない。
 これはもしかしてと思い当たった可能性を確認すべく、俺は携帯をポケットから取り出した。
 呼び出した番号へ迷い無く発信する。ほどなくして繋がった電話口からは、おっとりとした品の良いご婦人の声が響く。
「――ええ、こちらこそいつもお世話になっております。完二君はご在宅でしょうか。ええ、彼に確認したいことがあったんですが――え、宜しいですか? はい、実は文化祭で完二君の制服をお借りしたいという話になりまして、よければ今日取りに伺えればと……そうですか、部屋にない、ですか……わざわざご確認ありがとうございました。いえ、急な話でしたし、明日本人に直接お願いしてみますので。お手数をおかけ致しました。それでは失礼致します」
 通話終了ボタンを押し、瞳を伏せて息を吐く。所在の掴めない完二の制服も、やはり部屋にないらしい。
 この奇妙な符号はなんだというのだろう。
 ならばと思って部屋を探すと、それは案外あっさりと見つかった。自分の意思で学校に行っているならば持っていっているはずの、ヘッドホンと並んで花村のトレードマークとも言える橙色が眩しいメッセンジャーバッグは、机の影に無造作に置かれていた。
 手に取って持ち上げてみると案外軽い。以前、教科書の殆どを教室に置いていると言っていたその通り、中を開けてみると数冊のノートが入っているばかりだった。まったく、もう少し自宅学習をすればいいものを。これだから定期テストの後、家に帰りたくないなんて零す羽目になるんだ。
「ん?」
 その中に、明らかに異彩を放っているノートが一冊あった。
 他は普通の大学ノートなのに、その一冊はどうみても小学生の頃に使っていた学習帳を彷彿とさせる装丁で、確か菜々子も同じデザインのノートに夏休みの宿題で絵日記を描いていたのを思い出す。
 こんなノートを花村が学校で開いていた記憶はない。席が前後しているのもあって、しょっちゅうノートを写させてやったり、一緒に勉強したりしているのだ、それくらい判る。
 高校生が持つには似つかわしくないそのノートを、俺は半ば無意識に手に取った。
 びり、と指先から何かが――言葉にするなら、悪意に似た何かが、伝わってきた気がする。何が起きるか判らないので、身構えつつパラパラとページを捲っていく。
 だが何か手がかりでもあるのではという予想に反して、中は白紙で何も書かれていなかった。
 そういえばクマは菜々子の絵日記を大層羨ましがっていた。もしかしたら昨日、帰る時にクマ用に買ってやって、そのまま鞄に入れっぱなしだったとか、お人好しの花村だったらありそうだ――そう思い始めていた俺の考えは、最後の見開きページを捲った瞬間、見事に打ち砕かれてしまった。
「……なん、だ。これ……」
 からからと乾いていく喉がひりつき、声が掠れる。体中の毛穴が総毛立っているような気がした。
 その見開いた両ページには、白地を埋め尽くす勢いで、びっしりと文字が綴られていた。
 黒のボールペンで隙間なく書き殴られているのは、同じ文字列の繰り返し。
 小西早紀。小西早紀。小西早紀。小西早紀。小西早紀――。
 花村が好きだった、そして恐らく未だ想いを残している人。真実の言葉を影に隠し、影に呑まれ、花村の心に爪を立て、傷を遺したまま逝ってしまった、彼の人の名前。
 稲羽市連続殺人事件、二人目の被害者である彼女の名だけが延々、繰り返し記されていた。
「花村の字……いや……似てるだけ、か……?」
 筆跡に見覚えがあるような気がしなくも無いのだが、それ以上にページから発されるあまりの異様さと狂気を感じた俺の手が震え、ばさり、と思わずノートを取り落とす。
 呆然と立ち尽くす俺の足下で、落ちた拍子にはらりと一番最後のページがめくれた。
 震えの止まらない手でノートを拾おうとした俺の手が、今度こそびしりと固まる。
「――――っ!」
 余りの衝撃に、息をするのも忘れるほど、最後のページから目を離せない。
 そこには前のページと打って変わって、たった一言。
 血を連想させる、朱黒く禍々しい筆跡で――捕まえた、とだけ書かれていた。
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