2013年06月22日

暗い日曜日 1――自称特別捜査隊(ペルソナ4【八十神怪談】)

連投になりますが、6/22はペルソナ4の花村陽介の誕生日ということで、何かUPしたかったんですがなにぶん体調を崩しておりましてorz 続き物で書いておりました、ペルソナ4のお話を投稿させて頂きたいと思います。

こちらはpixivの企画、八十神怪談に参加させて頂こうと書いておりました。今回は主花では無く特捜隊中心でカプは特になし、のつもりではあるのですが、書いている人が陽介贔屓なので、自然番長も相棒贔屓になっております。番長と陽介を中心に話が進むことになりますが、でも友情。
題材にさせて頂いた暗い日曜日は有名な都市伝説であります。その割りに話の方はホラーにはなっていないかもしれませんが、少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。

時期的には基地の攻略後、文化祭前くらい。真犯人周辺のネタバレはありませんが、細々としたネタバレはあるかも知れませんので、アニメ未視聴・ゲーム未プレイの方はその旨ご了承下さいませ。基本、P4G準拠になるかと。

こちらもまったりと書いていけたらと思います。



「ねえねえ、暗い日曜日って曲の噂、知ってる?」
 今日も今日とて、いつものようにフードコートで特に目的も無く雑談に興じる土曜の夕方。
 朝からシフトが入っていたらしくバイト上がりでクタクタな花村と、今日はバイトが短かった所為かまだまだ元気なクマを加え、勢揃いした特捜隊全員で、近づいた文化祭の話で盛り上がっている時だった。 
 ふと、面白い物を思いだしたように話を振ってきた、どこか既視感を感じる里中の言葉に、俺を除く全員が首を傾げる。
 ああそうだ、あの時と同じ口調なのだ。
 マヨナカテレビって知ってる? と。転校してきたばかりのあの日、花村に誘われ、里中と三人で行ったフードコート。茶目っ気を含んだダークブラウンの瞳がくりくりっと悪戯に輝いて、そう俺達に告げた里中の姿を、俺は懐かしさと共に思いだしていた。
 にしても。
(暗い日曜日、か)
 その手の曲が好きな人達の間ではそれなりに有名な楽曲ではあるのだが、一般的な知名度は低い。
 特捜隊の皆が知らないのは当然だろう。というか、失礼ながらあまり芸術関連に興味がなさげに見える里中からその曲名がでたこと自体、俺からすれば意外だった。
 何故いきなりそんな話が出てきたのだろうと、周囲にワンテンポ遅れ、俺は怪訝に彼女を見る。
「久々に聞いたよ、その曲名。里中がシャンソンに興味があるとは、意外だな」
「さっすが、キミは知ってると思った。噂のほうも、聞いたことあるの?」
「噂っていうか……曲にまつわる都市伝説なら」
「そっかー」
 何故だか満足げに頷く里中とアイコンタクトを取ると、皆が一斉に俺へと食いついた。
「センセイ、クマにもそのトシデンセツっていうの、教えて欲しいクマ!」
「私もー。ねーセンパイ、教えてっ」
「私も知りたいな。シャンソンは結構好きなんだけど、それは聞いたことない」
「天城先輩でも知らないんスか。つーか、何か辛気くさい曲名ッスね」
「クラシックか何かの邦題かと思いましたが、シャンソンですか。最近の曲はあまり詳しくないんですが……」
「おいおい、お前ら一気に群がりすぎなんだよ! 幾ら相棒が優秀なリーダーだからっつったって、聖徳太子じゃねーんだから。全員がいっぺんに聞いたって答えられるわきゃねーだろ」
 ぐるりと皆を窘めるように見渡した、ツッコミ属性を備えた花村の、タイミングを読んだ一喝に、全員が一斉にピタッと押し黙る。
 流石花村、普段の言動はガッカリ発動で低評価をくらいがちだが、決めるときは決めてくれる。自称参謀に相応しい、見事なお手並みだ。
「んじゃセンセイ、解説どーぞ」
 にっこりと、ジュネスでよく見る営業スマイルを浮かべた花村に、わざとらしく恭しい手つきで掌を差し出され、何故か話の発端である里中までもが期待の眼差しで俺の発言を待っていた。
 話の発端は里中じゃ、という言葉は辛うじて飲み込んで、俺はコホンと咳払いを一つ。
 別に構わないしな、俺が説明しても。
「暗い日曜日っていうのは、1933年にハンガリーで発表されたシャンソンだ。原題は悲しい日曜日、だったかな。俺の母親がシャンソンやジャズを好きでね。趣味で集めた古いレコードが家に沢山あって、昔からその手の音楽をよく聴かされていたんだ。それで俺もこの話を知ってるんだけど――都市伝説というか、いわくつきの曲でね。まあ有り体に言ってしまえば『自殺ソング』なんだよ」
「ジサツ? って、えっと。自分で死んじゃうことクマ?」
 理解が出来ないといった風に首を傾げたクマに、そう、と俺は頷いた。
「別になんてこと無い、普通に良い曲なんだけど。実際にこの曲を聴いた後、自殺する人が続出したんだそうだ。しかもかなりの数。そして最終的には、作曲者もその恋人も自殺してしまったんだって。それを受けて、一部の国ではこの曲を流すのを禁止したっていう逸話がある」
「そーそー、確か中身は普通の失恋ソングなんだよね、暗いけど。恋人と別れただか死んじゃったかした女の人が、彼への想いを忘れられなくって、思い出に浸っちゃって。苦しくて仕方なくなって、日曜日に死んじゃうって内容」
「そんで里中先輩、その曲の噂っつーのはそんだけッスか」
「まっさか。それがねー、そのレコードって結構稀少品らしいんだけど、実は稲羽図書館にあるんだって。原則貸し出し禁止で、図書館で聴くことしか出来ないんだけど……聴いた後、失恋した挙句に自殺しちゃった人がほんとに何人も居るんだってさ。稲羽にも、沖奈にも。しかも全員、日曜日に」
 里中の補足を聴いて、うわぁ、と口元を抑えたのはりせで、ごくりと生唾を飲み込んだのは完二だ。意外と興味津々な様子の天城に、科学的根拠がどうのと何やらぶつぶつ呟く直斗と、それでどうして自殺に繋がるのかあまり理解ができていないクマ。怖い話が苦手そうに見える花村はもっとギャーギャー騒ぐと思ったのだが、思いのほか神妙な顔つきで、唇を引き結んだまま黙っていた。
 傾きかけた陽差しの差し込むフードコートで、橙に染まる花村の横顔に、初夏の夕暮れを思い出す。
(もしかして――小西先輩のことを思いだしているんだろうか)
 別にあの二人は付き合っていたわけでは無く、あくまで花村の片恋だったわけだが。片想いの相手を事件で亡くした花村からすれば、里中の語った曲の内容に、なにがしかのシンパシーを感じているのかもしれない、そんな気がした。
 鮫川で花村と殴り合ったのは夏休み前、久保の逮捕後だった。かけがえのない特別な友情を確かめ合い、ジライヤがスサノオへと進化したあの日、亡くなった彼女への思慕は、ある程度整理が付いたのだろうけれど。
 あの後、直斗の件があって、真犯人が別に居て未だ捕まっていないと判った以上、小西先輩のことは、花村の中ではいつまでも燻り続けているのだろう。
 バイクでナンパに夏祭り、花火大会に修学旅行。何かしらイベントがあるごとに都度、彼女が欲しい青春したいと訴えていた花村の、軽薄でごく健全な男子高校生らしいガッカリな言動に、ああ此奴はきっともう大丈夫、小西先輩のことは乗り越えていると、皆は思っているんだろう。
 だがこうして何ともない風を装いながらも、僅かに頬を引きつらせている表情を見る限り、そんな事は全くもってなさそうだった。
 内面に意外と繊細な神経を持つ花村の、内なる微妙な変化を感じ取った俺は、相棒として小西先輩の死を少しでも想起するような話題はあまり歓迎できず、出来れば風向きを変えてやりたかった。
 だが、すっかり盛り上がっている皆は、誰もそのことに気がつかないらしい。
「ただの噂、都市伝説だよ。もしくは偶然。だって俺そのレコード何度か聴いたけど、母も俺も自殺なんてしてないし、する気も全く起きないから」
「そっか、貴方がそう言うならやっぱり噂なんだね。でも……ちょっと聴いてみたいな、私」
「マジッスか、天城先輩。国が禁止するよーな曲ッスよ?」
「だって良い曲なんでしょう? 私、シャンソンって好きだし興味ある」
 ね、と天城から邪気のない笑顔で言葉を振られる。
 咄嗟に否定しようかと思ったが、流石に嘘を吐くのはどうかと思い止まる。というかさっき、良い曲だと皆に言ってしまったし。
 仕方なしに「ああ、良い曲だよ」と頷くと、果たして怖い物見たさの心境なのか、赤信号は皆で渡れば怖くないのか。怖い話が比較的ダメなはずのりせと里中までもが確かにちょっと聴いてみたいと天城に賛同し始めて、何も判らないクマを巻き込んで、空気はすっかりこれから図書館に行く流れだ。
 話題の軌道修正を行うべく、最後の砦とばかりに直斗を振り返ってみたが、謎に対して貪欲な探偵が行かないという選択肢を採るはずもなく、直斗が行く気なら完二が反対するわけもなかった。
 はあ、と軽く溜息を吐くと、まあまあと笑って俺の背中を叩く手の持ち主が、ひょいっと肩をすくめてみせた。
「いーじゃん、その説がホントかどーかは知らねえけどさ、一回聴きゃ皆満足するって。今日は他にもうやることねーんだし、話の種に聴きに行ってみるのもいいんじゃね? それとも何か、意外と相棒ってばその手の話が怖かったりすんの?」
「……このガッカリ」
「へっ? え、何なんで?」
 薄っぺらい笑顔の下に、本当は状況を歓迎してない感情を隠しているくせに、こうして嘘の笑顔を浮かべる花村は正直あまり好きじゃない。
 お前、本当は行きたくないだろう――喉元まで出かかった言葉を飲み下す。
 和を乱さぬよう努めている我が親友の、協調性という名を冠した仮面をわざわざ皆の前で引っぺがすのも大人げない。と、一応理解はしていたものの、あまり好きでない花村の笑顔を前に苛々の治まらなかった俺は、しれっと言い返してやった。
「俺は別に。むしろ怖がってるのは花村じゃないのか? キライだろ、こういう話」
「おま、なにブーメランしてくれてんの。ま、そりゃ怪談はそんな得意なジャンルじゃねーけどさ。都市伝説の解明とか、ちょっと楽しそうじゃん」
「その割りには逃げ腰だったように見えたけど?」
「うっせーな! 別に曲を聴くだけなら怖くなんてねーしっ」
 図星だったのか、ぷいっと不機嫌そうに反対側を向いてしまった花村に内心、お前は子供かとツッコミを入れつつ、俺はフードコートのベンチから立ち上がった。
「さて、行くんだったら急がないと。閉館時間、間に合わないんじゃないか?」
 ハッと皆が各々携帯を覗き込んで時計を確認する。ジュネスから図書館はそう遠くないが、貸し出し手続きをしてAVコーナーで全員が曲を聴くにはそこそこ時間が掛かるだろう。
「そだね、さっすがリーダー気が利く! んじゃ早速皆で聴きにいこー!」
 目の前の肉をががっと平らげ、残りのリボンシトロンをぐぐっと一気飲みした里中の元気な号令を皮切りに、自称特別捜査隊の一行は稲羽図書館へと向かうことになった。
 



 結論から言うと、閉館時間ギリギリの滑り込みではあったけれど、全員無事に曲を聞くことが出来た。
 稲羽図書館のカードを持っている天城が一時貸し出しの手続きをし、視聴ブースに行くと閉館間際な所為か俺達以外には誰も居なかった。一つのデッキにはヘッドフォンが二つ着いていたので、二人ずつソファに腰掛ける。
 ここはやっぱりレディーファーストということで、最初は天城と里中、次に直斗とりせ、三番目にクマと完二、最後に俺と花村で聴いた。
 もの悲しさと哀愁溢れる外国のシャンソンは、歌詞が判らなくともそれなりに胸に響くものがあったらしく、聴き終えた人間からブースの隅に移動し、しんみりとしながら感想を静かに語り合っている。
「うん、アタシ今なんかすごい切ない気分。今ならお肉前にしても、胸が詰まって食べられないかも」
「判る。私も今おあげ食べられないよ、千枝」
「あのー、先輩ら……何か、それ違くありませんか」
 言わんとしていることは判らなくも無いが、例えに情緒の欠片もない天城と里中の会話にツッコミを入れるのは心が乙女な完二で。こういうときのツッコミ隊長であるはずの花村は先程から無言を貫いている。「ヨースケー、クマもクマも、ホームランバーもう食べられないっ」と騒いでいるクマにも「図書館なんだからちったあ静かにしろ」と窘めただけで終わった。
「確かに良い曲とは思いましたが、これが自殺を誘発するとまでは思えませんでした」
 腕を組んでそう語る直斗に、りせが「そーかなー」と首を傾げる。
「言葉は判らないけど、これを聴いた人が死んじゃいたい気分になったってのは、私ちょっとわかるかも。吸引力あるよ、これ唄った人。失恋してハートブレイクな時に聴いたら、なんだか引き摺られちゃうような力がある、そんな歌声だった」
 芸能界にいて、耳の肥えたりせが語るその感想は至極説得力があり、成る程と思わせる。
 とはいうものの、俺自身は何度も聴いたことのある曲であり、確かに良い曲とは思うものの、特に感慨はなかった。
「ま、りせの言うことも判るけど、こん中にゃ最近ハートブレイクしたヤツは居ないみたいだし、余計な心配は要らないな!」
 居るだろう、此処に――とは言わないでやる。小西先輩のことを知っている里中と、恐らく里中から話を聞いている天城も何か言いたげにして花村を見ている。
 それでも何も言わないのは、本人がこう言っている以上、ツッコミを入れるのは野暮だと判っているのだろう。
「いーやヨースケ、クマは絶賛ハートブレイクしてるクマよ」
「はあ? おま、何言ってんだクマきち」
「クマさん、誰に失恋したの?」
「聞いてユキチャン! このあいだナナチャンがジュネスにきてくれたから、一緒にお買い物しようとしたら、ヨースケにダメだって怒られたクマ。頭叩かれたクマ。クマはナナチャンと一緒にいたかったのに。オヨヨヨヨー」
「それは別にハートブレイクって言わねーから! っつかあんときはお前がバイト中なのに持ち場離れて、サボって菜々子ちゃんとこ行くからだろーが!」
「ヨースケ、いくら自分がモテないからって、人の恋路を邪魔すると、クマに蹴られるクマよ」
「うっせーよ! つかマジで蹴んな、いてーだろ! あと悪かったなモテなくて! 俺は今度の文化祭に賭けてんの!」
「つーか花村先輩、合コン喫茶で彼女作る気っスか……流石にそりゃ無謀なんじゃ」
「おいおい完二……お前、僅かな希望を打ち砕くんじゃねえよ……いいか、文化祭だぜ? 学校行事の花形! イベントっつーのはな、カップル成立率たけーんだぞ?」
「や、別に俺あ彼女とか、いいんで」
「あー、まーそりゃお前の場合はなー。いいねえ青春。ま、折角の文化祭だし、見て周んのくらい、軽ーく誘ってみるのとか、いいんじゃねえの?」
「なっ、テメ、意味あり気な言い方してんじゃねえよ! おおおお俺は別にっ!」
「巽君、顔が真っ赤ですけど大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ、花村君。彼女は無理でも、ふふっ、彼氏なら出来るかもしれないよ」
「雪子、それフォローになってないから。っつか、花村に彼氏が出来てどーすんの」
「花村センパイ、黙ってればイケメンだし顔立ちも甘めだし。女子は無理でも男子から告白とかされちゃうんじゃないー?」
「確かに、花村先輩が女装なさった姿は想像し易いですね。お綺麗だと思いますよ」
「だーっ! なんで俺がソッチ方面なんだよっ! もうツッコミが追いつかねーっ!」
 頭を抱えてぶんぶん首を横に振る花村の肩を、まあまあと宥めるように里中が叩く。りせは話題に乗っかって花村をからかったんだろうが……不思議そうにしてる天城のあれは、素だな、間違いなく。直斗もいい加減完二のことに気付いてやっても良さそうなものだが、あれは当分無理そうだ。
 和気あいあい。いわくつきの曲を聴いた後の微妙な空気はどこへやら、俺達はいつの間にかいつもの活気を取り戻していた。
 話題の中心にいるのはやはり花村で、相変わらずのガッカリな言動に苦笑してしまう。だがあれも、ある程度意識して場を盛り上げているのだろう。
 でなければ、空気が和んだまさに良きところのタイミングで、俺に目配せなど送ってこない。
 阿吽の呼吸を期待されるなら、応えないとな。
 ほらほら、と俺は引率の教師宜しく手を打った。
「皆、もう閉館時間だし、そろそろ移動しよう」
「賛成! じゃ総菜大学でビフテキ串買って帰ろう、花村の奢りで!」
「ねーから! っつか、胸いっぱいで何も食えねーんじゃねーのかよ! それに、さっきフードコートでたこ焼き人数分奢ってやったばっかろーが。今日はもう奢んねーよ?」
「大丈夫、やっぱり肉なら食べられるから」
「肉は別腹、だよね千枝」
「さっすが雪子、判ってる」
「じゃークマはホームランバーがいいクマー。今日は三本で良いクマー。ヨースケ、いつもごちそうさまですクマ」
「そーいえば喉渇いたかも。花村センパイ、私やそぜんざい飲みたいな」
「久慈川さん、喉が渇いているときにやそぜんざいはどうかと。リボンシトロンの方がすっきりしませんか」
「……花村先輩、ご愁傷様ッス。俺、ホームランバー一本で良いんで」
「完二てめっ、慰めてくれたと思ったらさりげに奢り要求してるし!」 
「花村。半額出すから」
「相棒っ……そー言ってくれんのはお前だけだっ……マジ、持つべき物は相棒だよなあっ」
 腕を瞼に擦りつける仕草で泣き真似をしている花村の頭をぽんぽん叩いてやる。
 日常茶飯事の光景ではあるが、ここまで毎回たかられれば泣きたくもなっても仕方が無い。幾らジュネスでバイトに勤しんでいるとはいえ、流石にそろそろ花村の財布が心配になってくる。
 探索で得たお金は皆の武器防具や回復剤、それからペルソナを引き出す為に遣っているが、皆の食費も合わせて予算計上しても良いかもしれない。
「それじゃあ、行きましょうか。リーダーの言う通り、閉館時間ギリギリでいつまでも長居していては、図書館のご迷惑になりますから」
 トレードマークであるキャスケットのつばを軽く摘んだ直斗に皆が頷き、ぞろぞろと一同が視聴ブースを後にする。
 その時俺は、出て行く皆の背中を見つめながら、胸の片隅に小さな違和感を覚えて、立ち止まっていた。
 都会に居た頃ならば気にも留めなかっただろう、何か事件が起こるかも知れないという、特に理由や根拠の無い、第六感ともいうべき感覚。マヨナカテレビに誰かが映る瞬間を思い起こす、嫌な予感。
 ぐっと握りしめた掌に、ほんのり汗を掻いている。視聴ブースは空調がしっかり効いているというのに。
 いいようもなくざわつく胸を抑えていると、皆が笑顔で振り返り、早く行こうと口々に声を掛けてきた。
「ああ、今行く」
 ひとまずは周囲に気を配るのを忘れないようにしよう、と俺は皆の背中に追いつくべく、足を速めた。
 
 
 
 
 ――おいで。ここまで、おいで。
 苦しい気持ちを。寂しい心を。痛む胸を。
 流れる涙を。切ない慕情を。
 声にならないで消えていく、想いを乗せた言葉達を。
 いつまでも抱えて、辛いままでいなくていい。
 ねえ、おいで。そうしていつまでもここに、おいで。
 ほうら――――ね、捕まえた。




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