2012年12月18日

満心創痍

なんとなくなんとなく、で書いております漢字が四文字なタイトルシリーズ。
四文字熟語と言えないのは捏造熟語が紛れてる所為でして……。

時系列は暗中模索青息独白→今回の満心創痍→人事不省公私混同となっております。

※全編を通して緑高が前提となっております。
 人事不省・公私混同と今回の満心創痍は緑高前提の中高になります。地雷をお持ちの方はご注意下さい。



前回よりも短いです。シリアスです。暗いです。今回は高尾君サイドで話が進みます。
……これ、本当に緑高ハッピーエンドになるのか若干不安になってきました。
いや、プロット上ではそうなる筈なんですが。


と、以上の内容でも宜しければ折り畳み先へお進み下さいませ。


 しばらくの間、閉じられた部室のドアを呆然と見つめていた高尾はハッと我に返り、早く追いかけなければと衝撃を受けた心を奮い立たせ、ふらふらとおぼつかない足どりのまま部室のドアまで辿り着く。
 だが此処を出て行った緑間の、明確な拒絶を示す背中が網膜に焼き付いて離れず、それ以上は足が震えていうことをきかない。
「……っ……ぅ……」
 ドンッと両手の拳を部室のドアに押し当てて、嗚咽をかみ殺して俯くと、ぽた、ぽたりと、コンクリートの床に雫跡が連なっていく。
 不意に天井を見上げると、煌々と明るい部室の照明が雫の溜まった瞳に眩しくて、無意識のうちに電気を消した高尾は軽い目眩と共にぐらりと上半身を傾け、そのままたたらを踏むように後退し、膝裏に当たったベンチにどすんと力なく腰を下ろした。
 小刻みに肩を震わせ、はらはらと頬に涙を伝わせて、声もなく吐息だけで慟哭する。
 どうしてこんな事になってしまったのか。
 あんな風に緑間を怒らせるつもりは毛頭無かったのだ。ただ、緑間にとって良かれと思っただけだったのに――。 
 普段は小気味よく回転する高尾の脳は停止信号を発していて、ろくに思考を巡らすことが出来ない。
 部室の冷たいコンクリートは確かに存在しているはずなのに、床に落ちた視界に高尾は、足下が脆く崩れていく錯覚を見る。がらがらと音もなく崩壊した床の奥には深淵の闇が広がっていて、このまま墜ちていけば楽になれるんだろうかと、現実離れしたことを思ってしまった自分に、高尾は自嘲の笑みを漏らした。

 ――がちゃり、と。硬質な金属音を立てて部室のドアが開いたのは、その時だった。

 ドアの開閉音を耳で拾った高尾は当初、出て行ってしまったはずの緑間が戻ってきてくれたのかと緊張に心を跳ねさせたのだが、問いかけの声音を耳にしてその期待はすぐに霧散した。そもそも鍵を返却して当然の時刻をとっくに過ぎていることを考えてみれば、中谷が部室の様子を見に来るのは当然で、タイミング的に緑間との会話を聞かれていなくて良かったと思う反面、泣きはらした目にぐしゃぐしゃの顔と、随分みっともないところを見られてしまったと思わずにいられなかった。
 暗闇に慣れた目には再び着いた部室の照明が眩しかったが、中谷を待たせたままいつまでもこうしているわけにもいかない。
 頼りなげな自分を見かねたのか、のろのろと帰り支度を始めた高尾に、荒れた天候の中帰宅するのは危ないと、自分を慮って車で送ると申し出てくれた中谷の言が、あくまで監督する生徒への気遣いなのは解っている。
 それでも、血を流し続ける心を抱えた高尾には「何かあったのか」と聞いてくる中谷の言葉から感じる労りと優しさが温かく、気がつけば藁に縋る思いで胸の内を吐き出していた。
 緑間のことが好きで、ただ一緒に居たいだけで。あの奇跡のような存在の傍らにいつまでも立ち続けたくて、己の力不足でそれが叶わないならせめて私生活だけでも恋人としていられたらと願って。
 けれど緑間が望むのは、あの繊細で美しいシュートを生み出す指を信頼し預けられるのは、公私ともに息の合った相手なのだ。片方だけではいけない――それはつまり、例え恋人として傍に居たいと高尾が望んでも、コートの上で相棒の役割を担えないならば、緑間の傍に居る資格はないのだ。緑間が恋人としての自分を選んでくれたとしても、それが緑間の才能に蓋をしてしまう事に繋がるのは、高尾にとって耐えがたい苦痛だった。
 だから言ってしまったのだ。俺じゃない方が良いのかも、と。
 恋人云々の話は流石に端折ったが、血を吐く思いで言葉を連ね、ロッカーを背にして床へと滑り落ちた。
 喉の奥から漏れる乾いた笑いは、いつしかしゃくりあげる涙に変わり、止まらない嗚咽に高尾は自身のコントロールを見失う。
 そっと目の前に膝を着いた中谷の顔には心底自分を心配していると書かれていて、自棄になった高尾がスタメンから外してくれと言っても静かに首を横に振り、自分という選手が秀徳に必要だと断言してくれて。力づけるように、節くれ立った指が頭を慰撫してくれるのが心地良い。
 出て行く直前投げつけられた緑間の、怒りを孕んだ視線とは異なり、自分を気にかけてくれている真っ直ぐで落ち着いた大人の視線に、傷を負って悲鳴をあげていた心が温もりを感じ取り、高尾はそこに一縷の救いを求めて手を伸ばしかける。
 ――いけない、そいつは、それだけはダメだっつの
(解ってる)
 ――解ってねえ
(でも辛いんだよ。痛いんだよ)
 ――辛くても、それをやっちゃおしまいだ、絶対に後悔する、だから
(後悔、判ってる。それでも今だけ、この手が欲しい)
 ――止めろ!
 温もりに寄り添おうとする感情を理性が必死に制止を訴え、両極の矢印を示す理性と感情にぐらぐらと揺さぶられて、高尾の思考能力は著しく低下する。
 閉じた瞼の裏に緑間の貴重な、自分だけに向けられた柔らかな笑顔が映り込んで理性が優勢になったかと思うと、怒りを隠そうともしない去り際の緑間を思いだした感情が苦悶に呻きをあげて、せめぎ合う両者が幾度も高尾の中でぶつかり合い自問自答を繰り返す。
 だが――痛みを抱えて軋んだ高尾の心は、眼前にある一時の安らぎに抗えなかった。
 無意識のうちに中谷の腕を掴み、涙に濡れた紅い瞳で見上げた高尾は、ゆっくりと口を開いた。
「監督……」
 神父へ赦しを請いに訪れた罪人のように、真白いシーツの海へと誘う娼婦のように――。
「今だけで、いいんで。俺のこと、慰めてくれませんか」
 何を思って故かは高尾本人にも解らないが、つうっと一筋、頬を涙が伝い落ちる。
 恋人である緑間へ触れ合いを強請るときと同じ口調で、けれどその声音と唇を緊張に震わせながら、高尾は息を呑んだ中谷にそう囁きかけた。
 放課後遅くの部室、悪天候で人少なな校内と、幾ら状況が整っているからと言っても所詮は男同士、あまつさえ教師と生徒だ。情動のまま唇へと載せた言葉に、果たしてどんな反応が返ってくるか判らない。拒絶を覚悟していた高尾だったが、無言で伸びた中谷の腕によって胸元へと引き寄せられた。
 それを中谷からの肯定と受け取った高尾は、中谷に突っぱねられなかったことに心から安堵し、胸に押しつけていた顔をゆっくりと上げ、未だ戸惑いと躊躇の見え隠れしている中谷の瞳をちらりと見てから、きっちりとネクタイの締められた首へと腕を絡める。
 スーツの襟に押しつけた鼻腔をくすぐる整髪料の香りは大人の男を感じさせて、今腕を絡めている相手が確かに緑間ではないのだと、僅かに残った理性が高尾の感情に訴える――今ならまだ戻れると。
 内からの声を振り切るように、更にぐっと顔を押しつけた高尾の後頭部を、中谷の手があやすように軽く撫でてきた。
「……無理をするな、高尾」
「監督、俺」
「それから、もう少し自分を大切にしなさい。大事な生徒がそんな状態では心配の種が尽きん」
「――っ、無理するなって、大事だって言ってくれんなら……!」
 もう後には引けないと、半ば涙混じりに声を振り絞り、高尾は中谷の耳へと唇を寄せた。
「イヤじゃなかったら、俺のこと――抱いてください」
 精一杯の懇願を囁くのと同時にごくりと中谷の喉が鳴り、たかお、と吐息のみで名を呼ばれる。伝わってくるのは逡巡と狼狽――そこに拒絶は感じられない。
 ただそれだけの、自分の存在を否定されなかったことがたまらなく嬉しくて、目の前にある中谷の耳殻を口に含んだ。びくりと中谷の肩が震えるが、躯を押し返されることは無く、それを良いことに耳の外郭を舌先でなぞり、拙いながら少しでも中谷の情欲を煽るようにぴちゃりと水音を立てた。
 その最中、不意にふわりと躯が浮いたかと思うと、中谷の手によってベンチへと座らせられる。引退してそれなりに経つとはいえ流石元全日本、高尾よりも体格の良い中谷にとって、秀徳スタメンの中に入ると小柄な部類になってしまう自分の躯を抱えるのは、さして難しいことでは無かったらしい。
 ふう、と一つ静かな息を吐いた中谷が片手でネクタイを緩める。仕事からプライベートへ、オンオフを思わせる大人の仕草に、どきりと高尾の心臓が跳ねた。
 未だにどこか困ったような顔をしながらも、中谷が高尾の隣に腰を下ろす。
「良いんだな」
 顎を持ち上げられ、最終確認だと視線で問いかけられた高尾は、涙を浮かべて声もなく首肯する。
「判ったからもう泣くな」
 涙で重くなった睫毛を中谷の人差し指が優しく撫でるのに合わせて高尾は瞳を伏せる。背中と頭へ回された腕にしっかりと抱きすくめられ、緩やかに気配が近づいたかと思ったその瞬間、唇に温かな感触を感じ、静かではあるが確実に熱を持って割り入ってくる舌先に一瞬息を呑む。
 ブラック珈琲を愛飲する中谷とのキスは苦みを感じ、外見に似合わず甘党な緑間との違いを一瞬思いだしてしまうが、上顎から歯列をなぞられ快楽を引き出す巧みなキスに翻弄され、余所事に思考を割く余地は瞬く間に霧散していった。
 
 
 
 その時の高尾には、気付く余裕など欠片もなかった。
 部室のドアがほんの少しだけ開閉したことにも、廊下を走り去っていく足音にも――。

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