2012年10月11日

黒子のバスケで汝は人狼なりや?[誠凛編その7]

というわけで、表題通りですが黒バスで人狼を題材に書いてみました の第八弾です。
連作となっておりますので、お読み頂く際はお手数ですが[その1]からお願い致します。


以下、注意事項です。


・このお話は黒子のバスケの登場人物が対面式の「汝は人狼なりや?」をするお話です
・あくまでゲームをするお話ですのでシリアス要素はほぼありません
・むしろコメディ寄りです
・基本的に火神ん視点でお話が進む小説で、ログ形式ではありません

・中の人の参戦経験はC国で数度ある程度です
・F国ログも読み込んでおりますが、今回はC国仕様(狂人が囁きに参加できる)です
・役職配分は村5狼2占霊狂狩の11+1人村です
・吊り手計算が苦手なので間違ったらすみませんorz


大変お待たせ致しました、黒バス人狼誠凛編、ようやくの結果発表とエピローグです。
参加者がゲーム初心者ばかりというのを踏まえつつ立てた今回の対面式人狼の流れでしたが、少しでもお楽しみ頂けていれば幸いです。
思えば書き始めたのは六月も半ばでしたが、間にオンリー・コミケ・スパークを挟みまして随分時間をかけてしまいました。最後までお付き合い頂きました皆様、本当にありがとうございました。



「第一回、誠凛バスケ部人狼ゲーム。勝敗の結果は――無事人狼を全て退治しましたって事で、村人の勝ちよ!」
 高らかに宣言したリコの言葉に、俯きかけていた上半身を頭ごとがばっと勢いよくあげた火神は、普段は鋭いと評される目を丸くして、じっとリコを見上げた。
 耳から鼓膜、そして脳の中枢へとリコの言葉は一言一句間違いなく伝達されているのだが、意味を理解するまでにタイムラグが発生している火神は小さく「村人の勝ち?」と無意識に呟いた。
 小動物を思わせるくりっと印象的な目をぱちぱちとさせたリコが、そのままぼうっと呆けている火神を呆れ見る。
「ちょっと。なんて顔してんのよ、火神君。勝ったのよ、嬉しくないの?」
「あ、いや……その、勝ったとか、信じらんねえっつーか……」
 そか、勝ったのかと火神はもう一度、小さな声でぼそりと呟いた。
 実感がまったく湧かないので、心境が喜びに至らない。
 もっともそれは残っていた面子も同様のようで、ゲームが終わったことに肩の力が抜け、安堵しているのが判る。いっそ、ドロップアウトエリアのほうが余程盛り上がっているように見えた。
 試合に勝ったときはもっと気分が高揚して清々しく、心から喜びが溢れて叫び出しそうになるのに、火神の心を一言で表現するならば、まさに放心と言ったところだ。
「どうしたんですか、火神君。おめでとうございます。勝ったんですよ?」
 もっと喜んだらどうですか、と隣の黒子が話しかけてくる。
 確かに指摘はもっともなのだが、今このタイミングで村が勝利したことが指す事実、そして『おめでとうございます』の言葉――つまり、黒子の正体は。
「黒子」
「はい?」
「あのさ。お前の役職って」
「ええ、火神君のご想像通りですけど」
 しれっと、「それがどうかしましたか」といつもの仕草で小首を傾げ、何でもない風に言った黒子に火神はそれ以上言葉が出てこず、思わず押し黙ってしまった。
(んで、そんな、あっさり)
 餌に群がる金魚のように口をパクパクさせながら、火神は黒子に向かって暫くあーうー何かを言いあぐねていたが、リコが発した鶴の一声に会話と思考は強制中断される。
「はーい、じゃ集合。皆お楽しみだった答え合わせという名の陣営内訳の発表いっくわよー。あ、それとも自分で名乗り出たい?」
「つーかもうバレバレだし、発表とかいいんじゃね?」
「なによう日向君てばつまらない。ここが一番楽しいんじゃない」
 ぷう、と風船のように頬を膨らませたリコからすいっと視線を反らした日向が「あー、うんそうだな」と腕を組む。
「まだはっきりしてない役職もあるこったし、うん、やっぱ答え合わせすっか」
 組んだ腕の先、人差し指が照れ隠しのように軽く肘を突いているのを見て、「そーいうこと」と片目を瞑ったリコがくすりと笑う。
「じゃ二年生から順番に行きましょうか。トップバッターは日向君。ネタバレには、ゲームの感想や裏話なんかあると楽しいかもね」
「俺から? ま、いーけど。てことで、カミングアウト済みだから皆もう知ってると思うけど、俺は狂人役だった。俺が占い師を騙るのは最初に仲間内で決めたから、とりあえずってんで目立たねーようにって大人しく潜伏してたけど、対抗の相手が経験者の降旗だったってのはキツかったな。あとはー……そうだな、木吉を占ったって言ったのは我ながら失敗だった」
「あ、それ俺不思議でした。なんでせっかく上手く潜伏してる仲間を目立たせたのかなって」
 おずおずと挙手して質問を投げたのは、対抗であり本物の占い師だった降旗だ。
 確かにそれは火神も疑問に思ったことだった。
 何故あえて仲間を占い対象だったと挙げたのか、その違和感に気付いたのは後半になってからだったが、理由があるなら是非知りたい。
 経験者ならではの降旗からの質問を聞いて皆の視線が集中した日向は、思わず苦笑を漏らしてがしがしと頭を掻いた。
「実はそこら辺の相談、し損ねたんだよ。ぶっちゃけ、誰を占ったことにしとくか、そこまでちゃんと決めてなかったんだわ。で、いざ言わなきゃってなったとき、とりあえず一人は既に喰った水戸部にすりゃいいって思ったけど、もう一人どーすっかなと悩んでさ。で、慌ててたのもあったんだけど、単純に仲間を白だって言えば狼じゃないって印象になるんじゃねーかと思ったんだよ。結局、初心者の浅知恵って奴になっちまったな。あんとき対象から外しときゃ、木吉が吊り候補に挙がることも無かったっつーのに。マジ失敗だったよ」
 悪かったな木吉、と日向が苦笑を浮かべる。
 しょうがないさ、初めてだったんだからと穏やかに笑い返す二人の遣り取りを、少々憤慨した表情で見ているのは伊月だ。
「全く、二人にはすっかり騙された。俺の推理が当たってから良かったものの、日向と木吉は俺から見て偽者の占い師にも狼にも見えなかったし、だからって降旗も本物っぽかったし。やってて本気で胃が痛くなったんだぞ。結果的にお前達の襲撃に遭ってあっち側に行ったの、悔しかったしドロップアウトは残念だったけど……正直言えばちょっとホッとしたくらいだ。――そもそも俺に日向と木吉を疑えってのが厳しいんだよ」
「まーな。俺も伊月騙すのはちょっと心苦しかったわ」
「え、そうだったのか日向。お前ってやっぱり良い奴だなあ」
「……おい木吉、お前は違うのか?」
 恐る恐る問いかけた日向の質問に、「え?」と子供のように首を傾けた木吉が口元をほころばせた。
「俺は伊月のこと騙すの、楽しかったぞ? いつも優しい顔してる伊月がだ、試合以外で厳しい顔して眉間に皺が寄ってるなんて、随分珍しいものが見られたなあって思ってた。しかも俺や日向が原因だっていうんだから、相当レアだよなあ」
 にこっと人の良さそうな笑みを浮かべながら、一向に優しくない木吉の発言内容を聞いた伊月がガックリと肩を落とし、日向が頬をひくつかせた。
「ねえ鉄平……それって結構サディスティックな発言じゃない?」
「誤解だぞ、リコ。俺はただ、今まで見たことのない皆の新たな一面を見られたのが楽しかったんだ」
 きりっと表情を引き締め、至極真面目な顔で言った木吉に、一同はしーんと静まる。
 言いたいことは判らなくも無いけどそれあんまフォローになってないッス木吉センパイ、と火神は皆の気持ちを代弁するように胸中で呟いた。
 ゲームの中で新たな一面が見られたというのは、確かに火神も思ったことだったが――今の言い方は、なんというか。リコの言葉ではないが、十分にサディスティックではないだろうか。
「……うん、木吉ってそーいう奴だよなー」
「ああ、同意だ」
 頷き合う小金井と土田に、水戸部が深く首肯する。
 きょとんとしている当人以外は皆同じ感想を抱いたらしく、人の良い先輩というイメージが強かった木吉に、試合以外でもかなり食わせ者という情報が、一年生全員の脳へとインプットされたのは言うまでも無い。
「で、なんか順番ぐだぐだになってるけど、このままいっちゃうな。えっと、俺は人狼の一人だ。――リコ、ネタバレって言っても、あとは何言えばいいんだ? それと、何か質問あるなら受け付けるぞ」
 どんとこい、といわんばかりに両手を広げて笑顔を浮かべた木吉の発言に、そう言われても、と何を質問して良いか判らない福田と河原が顔を見合わせている。
 火神も聞きたいことは沢山あった筈なのだが、何かを聞こうとしていたのか頭から抜けてしまっていた。
 メモを取っておけば良かったのだが、その時その時で考えた細かいことなどすぐには思い出せない。
(あー、あれ。なんだったっけ)
 うぐぐと記憶の糸を紐解いていると、木吉が何かを思い出したように「そういえば」と手を打った。
「火神、お前凄かったなあ」
「はい? なんすか」
「俺のこと、最初から狼かもって言ってただろう。あれ、結構焦ったんだぞ。いきなり俺のこと疑われたから、お前のこと最初に喰おうかって思ったくらいだ」
 言われてみればそうだった、と火神はゲーム序盤を思い出す。
 肌で感じる、という表現が一番正しいのだろう。
 微笑む木吉を見て、いつもなら頼りになるセンパイだと思うはずが、喉に引っかかった小骨のように、さして痛くもないがどうにも気に掛かった。
 何故だか彼から目を離してはいけない――そんな気がした、あの感覚。
 今もって尚、木吉に感じたあの違和感を上手く言葉で説明することは出来ないのだが、これが明確に言えていたならゲーム中の大きな武器になっただろう。
 結局最後までそれが出来なかったことに負い目があった火神は、頬をかきながら苦笑を浮かべた。
「……や、ただの勘ッスから」
「勘だって大事だ。火神、自信持って良いんだぞ」
 勘がまぐれ当たりしただけかもしれないので大きな事は言えないが、伸ばされた木吉の大きな手がわしわしと褒めるように頭を撫でれば、兄と慕いファーストネームで呼んでいる氷室を思い出して悪い気はしない。
 元より一人っ子の火神は年上の兄貴分に憧れる傾向が強く、気の良い先輩達に弟分扱いされるのが好きだった。
 なんとなく気恥ずかしいので口には出さないが。
 思ったことはすぐ口に出す、それが当たり前であったアメリカでの生活に比べて、胸にしまう言葉が随分と増えたような気がする。
 それだけ日本に、誠凛高校での生活に馴染んだ証なのかもしれない。
「あー、はいはい! 俺木吉に質問あった! なあなあ、なんで狼達は最初に水戸部を襲ったんだ?」
 元気に手を挙げた小金井に同調するように、水戸部がこくんと首肯する。
 どうやら聞きたかったのは水戸部も同じようで、静かな視線がじっと木吉と日向を見つめた。
「水戸部を最初に襲った理由か。あ、未だちゃんと言ってなかったけど、もう一人の仲間は黒子だったんだけどな、その黒子が進言したんだ」
「そーいやそうだったな。黒子の希望だった」
 え、という顔で木吉と日向を除く全員が黒子を見遣った。
 先程会話が途中で切れたこともあって、どこか気まずい気分のまま、火神も隣の黒子へちらりと視線を送る。
「……順番とか滅茶苦茶ですが、はい。とりあえず僕も人狼でした。仲間は既にご存じの通り、日向先輩と木吉先輩です。で、水戸部先輩を最初の襲撃に推薦した理由ですが――火神君と同じで、勘です。なんか、水戸部先輩が狩人のような気がしたので、推させて貰いました」
 ガラス玉のような考えの読めない黒子の瞳が見つめる先――水戸部は、沈黙を守り続けている。
 いや、水戸部の口数が少ないのはいつものことかと火神は思い直す。
 それはともかく、所在を最後まではっきりさせない方が良いというセオリー通り、狩人は最後まで明かされなかったので、誰も正解を知らない。
 そう――狩人本人以外は。
 皆の視線を集めてしまったことに、困ったように軽く首を傾げた水戸部が、助け船を求めるように口元を和らげ、眉をハの字にしたままちらりと小金井を見た。
「え、マジで水戸部が狩人だったのか」
 心底驚いた様子な小金井の問いに少し迷ってから水戸部が頷いた。
(や、ほんとなんで今ので判るんだこの人)
 以心伝心を地でいっている小金井と水戸部の不思議を目の当たりにするのはいい加減慣れたつもりだったが、やっぱり時折こうして驚いてしまう。
 というより人狼ゲーム中、それで正解が伝わってしまったりしなかったのだろうか。
 その辺りいったいどうなっているのか気になるが、二人にしか判らない繋がりという奴かも知れないと、火神はこれまで小金井と水戸部の不思議を目撃してきたときのように納得する。 
「うわー、んじゃマジで初日に狩人抜かれてたんですか。そりゃ霊能者もあっさり抜かれちゃうわけだ」
 はわわと口元を抑えた降旗が苦笑いを浮かべた。
 守護者が居ないのであれば、能力者は食い放題になる。
 それは考え得る中で最悪の想定だったのだが、まさか本当にそんな事態だったとはと、水戸部と狼陣営以外の一同は驚きを隠せずに居た。
「あ、やっぱり水戸部先輩であってたんですか。伊月先輩の時に冒険して正解でしたね、木吉先輩」
「だなあ。あの時は俺が先にリタイアするし、なら霊能者喰うって賭に出ようって話だったんだよな。まさか本当に水戸部が狩人だったとはなあ」
「ええ、正直いって僕も成功する可能性、低いと思ってましたから。正直なところ、小金井先輩が狩人かなとも思ったんです」
「俺?」
 はい、と黒子が頷いた。
「あまりに狩人の仕事を気にしてたので。ただ、少しあからさまなのでフェイクの可能性もあって、悩みました」
「あー、あれなー。五日目にも言ったけど、ほんと狩人の仕事が格好良いなって気になってただけなんだよ、マジ」
「見事に騙されました」
「おお、俺ってば狼騙せてた!」
 瞳をキラキラ輝かせて喜んでいる小金井の頭を、よくやったなという風に水戸部が大きな掌で撫でる。
(なんつーか……この人って本当に……)
 ご主人に褒められている犬みたいだ、と火神は思ったが流石に口にはしない。
「俺らの予想も当たったな!」
「あ、俺もそれちょっと嬉しかった。水戸部先輩がやっぱ狩人だったんだなー」
 こちらは福田と河原が何やら嬉しそうにしている会話は、恐らくドロップアウトエリアで予想をしていたのが当たったのだろう。
 ネタバレをしないという制約付きとはいえ、ドロップアウトエリアでは気楽に推理が出来ていたのかと思うと、少し羨ましい気のする火神である。
「ま、なんだかんだいって役職をツモって喰えてたのはラッキーだったなあ、黒子」
「ですね。狩人、占い師、霊能者と全員襲撃出来ましたから」
「でも黒子、せっかくちょいちょい上手くいってたのに、五日目はお前のミスだぞ? あそこでグレーから吊りを推奨するより、日向を吊って一人喰っても良かったんじゃないか。そうすれば、もう一日命が延びたのに」
「それも思ったんですけど、最終日に三人でガチ討論とか、ちょっと助かる自信なかったんです。なら日向先輩の票が操作出来るうちのが良いかなって思っての提案だったんですけど、まさか最後に自分が票を集めちゃうとは思いませんでした。土田先輩を論破するのははちょっと手強そうでしたけど、小金井先輩が流動票としても、火神君ならこっちの味方につくかなと思って油断してたのが敗因でしたね。折角最初から火神君の信用を築いていったのに、ほんと残念でした」
「え。俺、そんな手強かった?」
「はい。なんていうか、ちょっと格好良いなって思うくらい、土田先輩には追い詰められた気がしました」
「黒子がそう言ってくれるのは、素直に嬉しいな」
 成る程なあ、と狼陣営を中心にした会話をおとなしく聞いていた火神だったが、聞き捨てならない台詞が聞こえて我に返り、勢いよく黒子の方へ体ごと向けた。
 あまりの剣幕にビックリした顔を見せる黒子の表情はなかなかレアだったが、火神にそんなものを堪能している余裕は無い。
「お、おい黒子。んじゃ何か、俺は最初っからお前に騙されてたって事か?!」
「人聞きの悪い言い方をしないで下さい。僕はただ単に、信用を得る為のターゲットを君に絞っていただけです」
 すぐに元の落ち着いた表情に戻った黒子が冷静に返してくる。
 凛とした態度でこちらを諭してくる相棒に、それを世間様一般では騙してたと言わないかと火神は心の底から問いたかったが、そもそも人狼ゲームというのはそういうものだと返ってくるだけかと、辛くも言葉を飲み込んだ。
「そりゃ、だって――お前を疑うとかさ」
「ゲームに私情は禁物ですよ。僕の目算からは外れましたが、最後の投票ではその私情を挟まなかったので、一応良しとしますが」
「黒子、その言葉は俺も結構グサっとくるんだけど……」
 実際に私情から日向と木吉を疑うのに苦労した伊月が、ははっと乾いた笑いを零しながら力なく黒子を見遣る。 
 伊月の気持ちが心から理解出来る火神はうんうんと拳を握りしめて伊月に頷いた。
 誰が敵か判らないこのゲームにおいて私情は禁物と語る黒子の言葉は、確かに正しい。
 が、しかしだ。掲示板方式で無機質な液晶画面ならばともかく、対面式で目の前にいる親しい人間を疑って掛かれというのは、ゲームに慣れていても厳しいのじゃ無いだろうか、普通。
(……ゲームに慣れていれば?)
 ふと心に浮かんだ言葉に自問し、火神はこの中で唯一の経験者である降旗を何となく見る。
 ならば経験者でゲームに慣れていた降旗は、そして本物の占い師であり疑う側の立場だった彼は、いったいどんな気分だったのだろうか。
 聞いてみたいという気持ちが前面に出てしまっていたのか、火神が問いかけるより前に降旗が口を開いた。
「ん? なに、火神。なんか視線が熱いんだけど」
「あ、ワリ。なんつーかさ、ほら。お前ってこのゲームの経験者なんだよな」
「そだぜ。対面式は初めてだったけど」
「パソコンとかケータイの液晶画面じゃなくって、……面と向かって誰かを疑うのって、ぶっちゃけどうよ」
「楽しかったけど?」
 さらりと言われたその言葉は、まさしく木吉と同じノリで。てっきり、キツかっただとか大変だったという感想が返ってくると思っていた火神は面食らう。
「キツくねえ?」
「そりゃ、まあね。でもこれ、そういうゲームだし」
「キツいのに楽しいって、本気で思えるのか?」
 本気で理解出来ない火神は何処までも真剣に質問しているつもりなのだが、どうにも降旗に上手く伝わっていない気がする。
 キツイのに、楽しい――これが例えばバスケの練習ならば、自分の実になって返ってくると信じられる。勉強だって、試験の結果に――火神の場合は反映されると限らないが、それでもやらないよりはマシだろう。
 だがこれはゲームだ。遊びの一環だ。なのにわざわざ大変な思いをして、それを楽しめるのがやはり判らない。
 勝負である以上、勝ったらそれは勿論嬉しいだろう。
 けれど負けた陣営であるはずの黒子や日向、木吉はそこまで悔しそうに見えない。
 ゲーム中は仲間の色々な面を目の当たりにすることが出来て、それはそれで色々と新発見だなあと思ったものだが、ここに至って黒子と交わした会話もあって、このゲームの醍醐味が本気で判らなくなってしまったのだ。
 ごちゃごちゃ悩んで思考の迷路にはまり込んでいると、それを吹き飛ばしてしまうかのような満面の笑顔で降旗に「ばっかだなあ、火神」と肩を叩かれた。
 ばしんと良い音がした一撃は意外と痛く、思わず特徴的な形の眉をひそめるが、当の降旗は気にした様子が一切無い。
「センパイ達からならともかく、お前にはなんか、言われたくねーぞ」
「だってばかじゃん」
「どこがだっつの」
「信頼してるから、キツくても楽しめるんだよ」
「はあ?」
 あくまで爽やかに言ってのける降旗に、意味わかんねー、と苦々しい顔をして火神は首を振った。
 見れば伊月も降旗の論に同調して頷いていて、果たして自分だけが異端なのだろうかと不安になってくる。 
「あーちょっと違うな、んーと……なんて言うのが良いんだろ」
「信頼している相手とだからこそ、舌戦程度で険悪になることがない。面と向かっての疑い合いゲームも、心理戦や駆け引きも。相手を知っているぶん、尚のこと楽しめる――そうでしょう、降旗君」
「そーそー、黒子の言う通り。頭使ったりすんのはそりゃ大変だけどさ。あと俺、終わったあとのこの空気が好きなんだよ。顔を知らない人達同士がネットの繋がりだけでやっても――まあ、集まった人によって軋轢が全く生まれないって言ったら嘘になるけど、エピローグで語る楽しさはやっぱ半端ない。それまでの謎が解けるカタルシスっていうの? その相手が自分の好きな信頼してる人達とくれば、この時間が楽しくって当たり前だろ?」
 な、と黒子と降旗が頷き合う。
(言いたいことはなんとなく判んだけど、それやっぱ理由になってなくねえ? 終わった後の時間を楽しむ為に、ゲーム中にキツい思いをするわけか?)
 根っこが単純なのだと自分でも思う。
 やはりどうしても判らないのは、疑って疑われて、その苦しみがどうして楽しいのか、終わった後のこの空気が楽しいかと言われても、理解に苦しむのだ。。
 ところがゲームが終わった今、自分を除く周囲は皆確かに楽しそうに――まとめをしていた伊月は若干疲れが見えるけれど、なんだかんだ和気あいあいとしていた。
 土田と小金井が水戸部を交えて狩人談義をしている傍らで、河原と福田が降旗に細かな説明を受けている。日向と木吉に対し愚痴に近い文句を言っていたわりには、伊月の表情は柔らかい。
 それでも、火神はどうしても納得がいかない。
 目の前で相棒の黒子に面と向かって自分がメインターゲットだったことを告げられ、事実ゲーム中はそれに翻弄されていたのも相まって、火神の脳内処理能力は限界に近かった。 
「あーなんっか納得いかねえええええええ!」
「火神君」
「……何スか、カントク」
「このゲームの狼役はね、エンターティナーなのよ」
「は?」
「エンターティナー、そして裏方の舞台装置。ゲームマスターも似たようなモノなんだけど、狼達はもっと。参加してる他の人達をどれだけ上手く騙して、どれだけ頭を悩ませることができるか。だってそうじゃなきゃゲームとして面白くないでしょう?」
 初日から全部の正体が簡単にわかってしまったら、それこそ作業にしかならないじゃない、とリコが語る。
「ま、そりゃ」
「だから皆を楽しませられるように、如何に筋書きを作り出し、上手く騙し仰せるか。勿論、負けないように本気で村を滅ぼす勢いでゲームに参加しつつ、最後の種明かしでどれだけ皆をあっと言わせられるかがキモなのよ。だから鉄平も日向君も、黒子君もそうしたの。この意味、わかる?」
 騙すのが楽しい、では無い――ゲームを楽しんで貰う為に、騙す。
 それが狼の役目なのだと語るリコの言葉が、胸の中でもやもやとわだかまっていたものが霧散したところにストンと入ってくる。
 狼はゲームを盛り上げる役目を負うという趣旨は理性で理解しつつも、やはりまだ感情が追いつかず、火神は渋々ながら頷いた。
「……んじゃ、黒子。お前が俺をターゲットにしたのって」
「火神君が一番騙されてくれると思ったからです」
「そこかよ!」
 もう少し良いコメントがあるだろうに、この流れでそれかと思わず火神はツッコミを入れる。
「冗談です」
「黒子……お前なあ」
「いえ、まあそれも多分にあるんですが――僕にとってこのゲームのメインは、火神君に楽しんで貰うことでしたから。他の人では意味なかったんです。種明かし、ビックリしたでしょう?」
「……ああ、したよ」
 Shit、とあまり上品で無いスラングを口にした火神に、黒子が気にした様子も無く笑いかけてくる
「不快な思いをさせたならすみません」
「別に怒ってねーよ。っつか笑顔で謝っても説得力ねーんだよ」
「だって、実際あまり悪いと思ってませんから。火神君の実力を図るという僕の目的を兼ねる意味でも、火神君がターゲットになるのは必然でしたし。実はそこで気付かれるかなとも思ってひやひやしたんですが、火神君が僕の思ってた以上にお人好しで、おまけに本来の目的を忘れるくらいゲームに熱中してくれて本当に助かりました」
「こんにゃろ!」
 いつまでもすました顔をしている黒子に勢いでヘッドロックをかましてやると、ギブですギブ、と黒子が半笑いで呻きながら床をばんばん叩いた。
(何がギブだ、軽くしかやってねえっつの)
 自分と比べて大幅に小柄な黒子がわたわたと暴れるのを押さえつけつつ、火神は胸中で舌打つ。
 一体自分が何にこだわっていたのか、判ってしまったのだ。
 それは信頼している相手を疑うのはキツイのではとか、ゲームの楽しみ方がどうとか、そんなことは建前でしかなかった。
 結局のところ単純に、最初から最後までほぼ、最後の投票以外は全て黒子の思惑通り、相棒にしてやられたのが悔しいだけだった。
 しかもそれは、自分を楽しませる為にターゲットにしていたのだと言われてしまえば――文句を言ってやりたいけれど、理由を聞いてしまった今、これ以上は怒るに怒れず。かといって翻弄されていたと認めて白旗をあげるのも、それがなんだか嬉しかった気がするなんて言うのは勿論不本意で。
 とりあえず名前のつけられない感情をもてあました答えが、このヘッドロックなのだった。
「おーい火神。じゃれるのも構わんが、そろそろ離してやらんと黒子が失神するぞ」
「あっ、ヤベ」
 ふざけ半分で中途半端にかけただけの筈だったヘッドロックは、いつの間にかしっかりと黒子の首に決まっていて、先程まで笑っていた黒子はすっかり静かになっていた。
 のんびりとした木吉の忠告にハッと気がついた火神が慌てて黒子に巻き付けていた腕をほどくと、けほけほと軽くむせる声と共に、じろりと恨みがましく見上げられた。
「……火神君、酷いです。今の、結構本気で意識が遠のきかけました」
「わ、ワリい。つい」
「つい、じゃありません。まったく……仕方ないのでマジバのバニラシェイク一週間で手を打ちます」
「お、おう。わかった」
 他意がなかったとはいえ、流石に今のは自分に非があったと素直に認めた火神が「マジ悪かった」と黒子に向かって深く頭を下げると「大丈夫ですから」と微笑まれる。
 体格差があるのは判っているのだが、こうして座っていると、立っていると比べてあまり差を感じないのもあって、つい手加減を忘れてしまいがちなのだ。
 それよりも、何となく気まずかった気分を有耶無耶に出来たことにホッと胸をなで下ろす。
 一週間のシェイクおごりは少々財布に痛いが、黒子との空気を戻す代償としては、火神にとって十分に安いと言えた。
「それにしても、これなら火神君を連れて行ってもなんとかなりそうですね」
「そうねー。良かったじゃない、黒子君。思った以上に頑張ってたし、少なくともキセキの世代達の前で誠凛の恥を晒さずにすむんじゃないかしら。どう、火神君。少しは自信ついた?」
「まあ、一応ッスけど」
 全くの予備知識無しで行くよりはマシ、というレベルだが、やらないよりはやって良かっただろうと言える。
 テスト前も同じようなことを言って散々な結果だった気がするが、ただでさえ頭が疲れているのに地獄の勉強合宿について思い出すのは精神衛生上非常に宜しくないので、火神は記憶に蓋をする。
「なあなあ、そういえばゲームってもう一回やるんだっけ?」
「まだ決まってなかった気がするけど」
 早々に退場してしまった所為か、リベンジしたいと顔に書いてある福田と河原に「こらそこ、気が早い」と釘を刺したのは日向だった。
「後でもう一回ゲームするかは置いといてだ。折角カントクんちのジムに来てんだ、筋トレメニューもしっかりこなすぞ。カントク、確か今日ってプール練だったよな」
「うん、そうよ」
「うーし、じゃ全員更衣室だ。行くぞ」
 立ち上がった日向の顔は既に主将の顔をしていて、ぴしっと張りのある声につられて立ち上がった一同が各々凝り固まった体を伸ばしつつ、更衣室へと向かう。
(もう一ゲームとか、皆元気だよなあ。こんだけ頭使った後に、よくまだやろうとか思うぜ) 
 同じキツいなら筋トレのがまだマシだと思いながら、火神はよいせと立ち上がった。
 手を組んでひっくり返し、ううーんと天井に腕を伸ばすと、ずっと座っていた所為か、筋が伸びて気持ち良い。
 そのまま左右に腕を揺らして脇腹も同様に軽く伸ばしていると、いつの間にか黒子が自分の前に立っていた。 
「火神君」
「何だ?」
「出発は今週末ですから、準備しておいて下さいね。頑張りましょう」
 軽いストレッチをしつつ、おう、と返答しかけた火神は改めてキセキの世代達のいる場に立った自分を想像する。
 信頼している仲間とやって、この調子だったのである。
 一癖二癖どころか、性格が複雑骨折をおこして完治不能になっているような人間が、全部で何人来るのかも判らないのだ。
 それはまさしく魔窟と言っても過言ではない。
 しかも方法は掲示板形式になるのか、対面式になるのか、それすらも判らない。
 魑魅魍魎の蠢くおどろおどろしいゴーストハウスを思わせるコテージで、キセキの世代達とこの人狼ゲームをしなければならない――火神の広い背中とこめかみに、つうっと冷たい汗が流れる。
「な、なあ黒子…………俺、やっぱ……………パス、していいか?」
「何言ってるんですか、火神君。そんなのダメに決まってるじゃないですか」
 判っていたことだが、こわごわ聞いてみた問いは、あっさりばっさりと斬り捨てられる。
 今日一番の良い笑顔を見せた黒子を見て、俺は新学期無事に誠凛高校の門をくぐることが出来るのだろうかと、苦い顔をした火神はこれ見よがしに大きなため息を零したのだった。
タグ:黒バス人狼
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