2012年06月07日

だから俺はため息をつく(高校時代緑黄)

6/7は秀徳緑間&海常黄瀬の背番号日ということで、ギリギリ滑り込みになりましたが緑黄っぽいお話を書いてみました。背番号で記念日って最初に考えた方すごいですよね。

緑間さんの番号は帝光で7、秀徳で6なのでとても二ヶ月連続緑間さん月間。オンリーの原稿もあるのでどこまで頑張れるか判りませんが(そもそも遅筆)、色々書いてみたいですねー。7/7は緑間さんの誕生日でもありますし! 
あとファンブックが楽しみで仕方ありません。皆の家族構成とか部屋とか趣味とか、判ると良いなー! テニプリのファンブック(10.5巻・20.5巻etc)を持ってるのですが、できるならあれくらいのボリューム希望ですっ。


前半が緑間視点、後半が黄瀬視点となっております。
また後半ではモブの方々が黄瀬と喋っております。
一応緑黄というか緑→←黄のつもりで書きましたが、どちらかというと緑間&黄瀬なお話です。黄緑に見えなくもありません。
帝光時代の緑→黒と黄→黒、青黒が前提です。
秀徳メンバーに双子座が居ないことになってます。(ファンブック早くー!)


それでも宜しい方は折り畳み先へお進み下さい。
「…………」
 苦虫を噛み潰したように口元を歪め、緑間は中指でくいっと眼鏡の真ん中を軽く持ち上げて位置を正し、眼前を鋭い眼で睨み付ける。
 だが「それ」はうんともすんとも言わず、ただ静かにそこに佇んでいた。
 いっそ殺気が混じっているのではと思うほど真剣な空気を漂わせている緑間に、先程まで周囲にあったはずのざわめきは距離を置き、今は数メートル離れた場所でじっとこちらを窺っている。
 そんな野次馬など意にも介せず、渋面をした緑間は独り、苦悩の中に居た。
 判っている。これ以上踏み込んでは、後悔しか残らないと。
 運の要素がつきまとう以上、今日のかに座の運勢が十二位という最悪の順位の中、緑間なりに人事を尽くした結果がこれだというのならば、すべては運命だったのだと、致し方ないと受け入れるべきなのだ。
 だが緑間は、目の前にある現実を認めることが出来なかった。
 ここは一旦引くべきなのだ。せめて明日、運気が好転してから回しても良いのだともう一人の自分が囁く。
 判っている、けれども――せめて、もう一回だけ。
 あとどれだけ手元に余裕が残されているかを、しばしば回転が速いと評価される頭脳で計算する。
 パンドラが開けた箱の最後に残されていたのは希望。即ちこの結果こそが運命なのだよと、自分を半ば無理遣り納得させた緑間は、意を決したようにそれを睨み据えた。
 緑間の手が、再び懐へと伸びる。
 そう。ここまで来たら、もはや後戻りなどは出来ない。
 集団で崖に向かって走るレミングのように――もっともレミングの集団自殺は近年誤解であると判明したが――破滅が待っていようとも、前に向かって突き進むしか無いときもあるのだ。
「あのにいちゃん、まだやる気だよ……!」
「眼鏡のおにいちゃん、がんばれー!」
 普段は鬱陶しいとしか思わない子供の黄色い歓声が、今だけはやけに心強く感じられる。
 子供達の声援を背に、先程一旦は懐へしまった黒革製の長財布から、鈍く銀に光るコインを三枚取り出し、機械にセットした
 確かに今朝のおは朝によると、今日のかに座は運勢最悪だった。だがラッキーアイテムで補正されているはずなのだからと、己を奮い立たせ鼓舞するかのように、心の中で自分へと言い聞かせる。
 ポケットから取り出した、本日のラッキーアイテムであるカエルのキーホルダーを固く握りしめた緑間は、お目当てがでるようにと祈りながら、バルブを思わせる形をしたそれを大きな手のひらで包むように掴み、時計回りにひねった。
 がちゃんがちゃんと、あたかもロボットアニメで巨大ロボが起動したような、プラスチックがかみ合う機械的な音が周囲へ響く。
「おー!」
 固唾を呑む緑間を、テンションの上がったギャラリーの子供達が見守る。
 ――カラコロン。
 取り出し口へ手を伸ばし、転がり出てきた透明なカプセルを手に取り、小さく深呼吸をしてからぐっと力をこめて、封を開けた。
 ぱかりと難なく開いたカプセルから出てきたのは、赤いリボンを耳に飾った可愛らしいネコのミニぬいぐるみ。
 既に今日だけで同じ物が三個、鞄の中に入っている。当然のことながら、これはお目当ての景品ではない。
「くっ!」
 拳をぐっと握りしめ、やり場のない怒りのオーラに包まれた緑間を、子供達が遠巻きに畏怖混じり視線でじっと見つめている。
 それもそのはず、緑間がこの機械――いわゆるガチャガチャに費やした金額は、子供達の小遣いを遥かに超える。
 出来るなら、ダブったものを貰えたりしないか期待してもいるだろう。緑間が引き当てたのは子供達に一番人気のキャラクターなのだ。
「すごい。もうキティちゃん四つめだよ」
「さっきシナモンもあててた」
「いいなー」
「ねー」
 ひそひそと賞賛の声が聞こえてくるが、緑間としては肝心のお目当てが出なければ、いくら子供達に人気のあるキャラがでようと何の意味も無いのだ。
「あのおにいちゃん、こうかんしてくれないかなー」
「ねー」
 怒りに震える緑間に子供達の会話は聞こえていないが、例え交換を申し出られたとしても応じることはない。
 何故なら、基本的に子供の相手を得意としていないという単純な理由もあるが、何より緑間の考えでは、ラッキーアイテムは自分の手で入手してこそ意味があるのだ。
 これは緑間の中で決まっているマイルール、一種の験担ぎでもある。今までのラッキーアイテムも、すべて自ら購入してきたものばかりだ。
 だからこれだけ必死になって目当てを引き当てようとしているのだが、今のを含めて既に十回、子供にとっての大金である三千円は、高校一年生の緑間にとっても十分に痛い出費である。
 心底悔しい。あの時止めておけばと思うも後の祭りだ。
 基本的に貯蓄派である緑間の財布にはまだお金が残されているし、勿論銀行の口座にも預金はあるが、これ以上散財するのは気が引ける。
 スーパーの前に置かれたガチャガチャの前で、渋い表情のまま腕を組んでいる学ランの高校生という図も、あまり長い間衆目に晒したい姿ではない。
 果たして押すべきか引くべきか、本日何度目かの煩悶に突入したそのとき――背後から、底抜けに明るい聞き覚えのある声が自分を呼んだ。
「やっぱ緑間っちだ。何してんスかこんなとこで」
 声変わりは過ぎたはずにもかかわらず、思春期を迎えた男子にしては幾分高めなアルトのトーン。
 耳触り良いこの声の持ち主の、声以上に脳天気な笑顔が緑間の脳裏に浮かんだ。
 こいつが何故こんなところにいるのかと眉間にしわ寄せながら緑間が振り返ると、そこには想定通りの人物が片手を挙げて太陽のような明るい笑顔を浮かべていた。
 ――但し、その姿格好までは流石に想定外だったが。
「……黄瀬か」
「お久しぶりッス。つっても、こないだ海常来てくれたたから、そんなでもないッスか?」
「ああ」
 つい先日のこと、海常対誠凛の練習試合があると耳にした緑間は居ても立っても居られず、高尾と共に試合を観に行った。
 バスケから――というよりも帝光バスケ部とキセキの世代から背を向けたはずの黒子が、さして名前の知られていない新設校でどんな試合を見せてくれるのか、そこに興味があったのは事実だ。
 だが、おは朝で運勢が悪いとあった双子座の黄瀬を多少なりとも心配していたとは、口が裂けても言う気は無い。
 ――それはともかく。
 とても高校生とは思えない年齢不詳な格好をした黄瀬を上から下まで眺めた緑間は、最後に胡乱な視線を向けた。
「お前こそ随分と派手な服で何をしている。言っておくが、ここは繁華街ではないぞ」
「ひっど! あとその目もなんか酷いッス緑間っち!」
「仕方ないだろう。だいたい平日の放課後に高校生が揃いのスーツに解禁のシャツと、まるでホストのような格好をしていれば、不自然に思うのも当然なのだよ」
「高校生にもなって、子供に混じってスーパーの前でガチャガチャやってる緑間っちに言われたくないッス」
 唇を尖らせて不満を言う黄瀬に、これには正当な理由があるのだと文句の一つも言おうと思ったが、対象年齢が実年齢よりも遙かに低い玩具に興じていたのは事実なので、そこに関しては否定しきれない。
「俺はほら、近くの公園で雑誌の撮影だったんス。これ似合うッスか?」
 くるりと華麗にターンしてみせる黄瀬に、男の自分から一体どんな感想が欲しいのかと緑間は嘆息する。
 容姿に関する美辞麗句ならば、ファンの女子から腐るほど浴びているだろうに。
「今は休憩中で、スーパーが近くにあるっていうからミネラルウォーターでも買おうかと思ったんスけど、まさか緑間っちと逢うとはねー」
 ああ、と緑間は得心する。
 しかし中学時代から黄瀬が雑誌のモデルをやっているのは知っていたが、まだ現役だったとは。
「撮影ならばその格好も納得だが、まだ現役だったのが意外だったのだよ。とうに辞めてバスケに専念していると思っていた」
「そりゃま二足の草鞋だけど、中学ん時と同じくバスケ優先っスよ。……っていうか緑間っち……もしかして俺の出てる雑誌とか見ててくれてないんスか?」
 なんて目をするのだよ、まったく――。
 やれやれと緑間は肩を落とした。
 中学時代何度も見たことのある、飼い主に見捨てられた大型犬を想起する表情。緑間は黄瀬にこの手の顔をされるのが一番苦手だった。
 放っておけば良いと思いつつも、心のどこかで引っかかってしまい、気になって苛々しつつ、最終的には不機嫌顔のまま手を差し伸べてしまうのだ。
 しゅんとした黄瀬に、あるはずのないしょげてへたった犬の耳と尻尾の幻を見て、はあっと大仰なため息をついて眼鏡の位置を直す。
「お前が月バスに特集されているというのならば、恐らく見ただろうがな。悪いがファッション誌はあまり興味が無いのだよ」
「あ、じゃあこれあげるッス! 先月の!」
 持ち歩いてるのかわざわざ――言ったら落ち込むだろうと、余計な一言を辛うじて飲み込みつつ、緑間は差し出された雑誌を受け取る。
 実際この手の雑誌を見るとしても、占いの部分だけだったりする。緑間にとって占いの基本はおは朝だが、それを補足するうえで他の様々な占い結果に目を通すこともあるのだ。
 ファッションに関心が全くないとは言わないが、基本的に見苦しくなく清潔感のある格好であれば良いと思っている。
 中学時代は黄瀬が載っている雑誌が部室に――主に本人の手によって持ち込まれていたので必然的に目を通していたが、高校に入ってからの黄瀬が載っている雑誌を見るのは初めてだった。
 今すぐ見て欲しいという視線を感じ、なんとなくぱらぱらとページをめくると、以前よりも少しばかり大人びた表情の黄瀬がいて、かとおもうと次のページでは幼い子供のように無邪気に笑っている。くるくるとよく変化する表情は中学時代から変わらない。
「どうっスか」
「……いいんじゃないか?」
 その写真好評だったのに、感想それだけッスかーといじけて手のひらにのの字を書いている黄瀬様子を見ると、もう少し何か言ってやるべきだったのかと思うが、嘘はつけない性分なので仕方が無い。
 というより、緑間としてはこれでも最大の賛辞を述べたつもりだったのだが。
「そーいや、緑間っちがガチャガチャやってたのは、またラッキーアイテム関係ッスか?」
 どうせそうなんでしょとでも言いたげな黄瀬の表情に若干の不満はあるが、おおまか事実なので「そうだ」と緑間は鷹揚に頷く。
「以前、おは朝のラッキーアイテムでウサギのぬいぐるみを指定されたことがあったのだよ。それは自前で用意があったのだが、その日たまたま目にした雑誌でマイメロディのぬいぐるみがかに座のラッキーアイテムとあった。まさかはっきりキャラクターを指定する占いがあるとは思わなかったが、今後万が一、おは朝で指定されたときの為に確保しておくのは当然のことだろう。それが人事を尽くすと言うことなのだよ」
「だからって何もガチャガチャでなくても、普通に買えば良いと思うんスけど」
「これならば手っ取り早く手に入ると思ったのだよ」
「あー……確かにサンリオショップに男一人で入るってのも勇気いるかもしんないッスね。でも緑間っちなら平気だと思うんだけどなー。だってよく持ってるぬいぐるみとか、自分で買ってるんスよね?」
「馬鹿め。あれらは大手総合ショッピングセンターで買えるものばかりなのだよ。いくらラッキーアイテムの為とはいえ、あのピンク一色でまとまったような店に入るのは流石に抵抗ある」
「ふーん。ま、それはそーかもしんないッスね。そーいや緑間っちが欲しいのってどれなんスか」
「だからマイメロディだと言っているだろう。この小さなウサギなのだよ」
「あ。それなら、俺持ってるッスよ」
 あまりに何気なくそう言われた緑間は、虚を突かれて思わずぽかんと黄瀬を見つめ返した。
「……なんだと?」
「ほら」
 ごそごそとポケットを探っていた黄瀬の手に乗せられてのは、このガチャガチャで得られるものとは少々デザインが異なるが、同一キャラクターの小さなぬいぐるみに他ならなかった。
「こないだ雑誌の企画で、サンリオのテーマパーク行ったんス。で、お土産に貰ったってわけ。別に俺が持っててもしょうがないし、ファンの子にでもあげよっかなと思ってたとこだから、緑間っちにあげるッスよ」
「悪いが遠慮するのだよ」
「えー。何でッスか。まさか俺からは欲しくないなんて言わないッスよね?」
「そうじゃない。ただ俺は、ラッキーアイテムはきちんと自力で入手したいだけだ」
 唇を軽く突きだし、納得いかない様子の黄瀬に言い聞かせるように、緑間はこんこんと語る。
「傍から見たらくだらないこだわりに映るだろう。それくらい自分でも理解している。だが一度決めた信条を覆すのは、俺にとっていただけないことなのだよ。だから俺は自力でラッキーアイテムを引き当ててみせる。それが人事を尽くし、運命に従うということなのだよ」
「……相変わらずよくわかんないこだわりッスね……」
「これだけ判りやすく説明しても理解できないとは、相変わらず成長のない奴だ」
「でもなー、俺は緑間っちにあげたいし……あ、そうだ」
 良案閃いたと表情を輝かせた黄瀬が、ごそごそと懐を探る。
「緑間っち。今日のおは朝占いの内容って覚えてるッスか?」
「どういう意味だ」
「こういう意味ッス」
 したり顔の黄瀬が懐から取り出したのは、動画も再生可能な携帯プレーヤー。ブランドは異なるが、緑間も似たタイプのを持っている。
「俺、最近こいつでおは朝の録画してるんスけどね」
 一体何がしたいのか――首を傾げる緑間の前で、笑みを浮かべた黄瀬がおもむろにプレーヤーの再生ボタンを押した。
『――最下位は。ごめんなさーい、かに座のあなた。今日は何をやっても絶不調。ここぞという勝負に負けてしまうかも。ラッキーアイテムはカエルのキーホルダー』
 流れてきたのは、確かに今朝のおは朝、しかも占いコーナーだ。当然緑間も今朝見たので内容は覚えている。特に今日は久々の最下位だったから、普段よりも印象に残っていた。
「……だから、これがなんだと」
「しっ。この先っス」
 人差し指を立てて口元に置いた黄瀬が、さあ見ろと言わんばかりに液晶の画面をこちらに向けた。
『でも大丈夫。双子座の人のアドバイスを聞くと良いことがあるので、今日は一日一緒に行動するのがお薦め!』
「ね?」
「……」
 確かにそうだった――こめかみを押さえ天を仰ぎ、緑間は瞳を閉じた。
 きちんと最後まで見ていたけれど、秀徳高校で緑間と関わる人間の中に双子座が居なかったので、特に意識していなかったのだ。
 そう、秀徳高校においてなら。
「俺、双子座ッス」
「俺がお前の星座を知らないとでも思うか」
「なわけないッスよね。でもって、俺の言うことは聞いてくれなくても、おは朝のいうことだったら聞いてくれる――そうっスよね?」
「……ふん。よく判ってるな」
「伊達にしょっちゅう一緒に居たわけじゃないッスからねー。俺、緑間っちのことなら大抵判る自信あるッスよ」
 何の根拠も無いことをやけに嬉しそうに言っているのを見て、緑間は「何を勝手なことを」と苦笑した。
 自分に向けられた黄瀬の笑顔を見ていると、どうしてかついついほだされて、大の男を評する言葉としては不適切としか言いようが無いが、仕草や表情の一つ一つが可愛いと思わせられてしまう。
 まるで出来の悪い弟をあやす気分というか、己の我を通すより前に「仕方の無い奴だ」という心情が勝るのだ。
 やはり俺は黄瀬に弱い、と緑間は内心嘆息した。
 恋愛とは異なる、けれど限りなくそれに近い何か。
 同じ人間に想いを寄せ、そして実らなかった事による同情か。または同病相憐れんでいるだけの可能性もあるが、胸の内に近しい心情を抱いている相手と心の距離が近づくのは、ごく当然とも言えるのかもしれない。
「じゃ、はい緑間っち」
「ああ。今回だけなのだよ」
 こほんと喉を鳴らしてから、差し出されたぬいぐるみを受け取る。
 我ながら素直に礼を言えば良いものをと思わなくもない緑間だが、マイルールを曲げてしまったという前提があるため、プライドが先立ってすんなり謝辞の言葉は出てこなかった。
 だが当の黄瀬は気にした様子もなく、手首にはめた腕時計で時間を確認している。
「あ、緑間っち。もうちょっと時間あるッスか?」
「は?」
「撮影、このあと数カットで終わりなんス。せっかく逢えたんだし、なんか食ってかないかなって思って」
「時間は問題ないが……悪いが、今日はこれに遣いすぎてそんな余裕はないのだよ」
「大丈夫。一応これでも副業持ちだし、今日は俺が奢るッスよ」
「俺がそういう借りを作るのが嫌いなのは知っているだろう」
「勿論知ってるッスよ。帝光んときも、缶しるこ一本奢られるのも嫌がってたッスからねー。でも、ほら」
 ドヤ顔をした黄瀬が、まるで時代劇に出てくる印籠のごとく、携帯プレーヤーの再生ボタンを押してこちらに向ける。
『――双子座の人のアドバイスを聞くと良いことがあるので、今日は一日一緒に行動するのが――』
「わざわざ再生しなくて良い。……判った。今日のところはお前に従うのだよ」
「そうこなくっちゃ。んじゃ緑間っち、撮影終わるまでちょっと待ってて下さいッス。そんな時間かかんないと思うんで」
「撮影はどこで行っているんだ?」
「あそこの公園ッスよ。あ、もし待ちくたびれても帰っちゃわないで下さいッスよ!」
 こちらを向いて手をぶんぶんと振ってから、黄瀬が慌てて横断歩道を大股に駆けていく。恐らく休憩時間がまもなく終わるのだろう。
 まったく、いつになっても忙しない、落ち着きのない奴なのだよ――小さくなっていく背中を眺めながら、緑間はため息をついた。
 だが決して不快感はない。胸を占めるのは、強引さに呆れながらも牽引される心地良さだった。
 折良く今日は読みかけの文庫が鞄の中に入っているから、時間を潰すのも苦にならないだろう。
 問題はどこで待つかだが――あんな風に言われたからには仕方が無い。
 撮影場所の近く、黄瀬から見える場所で待っていてやろうと、ゆったりとした歩幅で緑間は黄瀬の後を追った。







「スミマセンッス! 黄瀬涼太、ただ今戻りましたっ」
 早足でスタッフの輪の中に飛び込む。時計はギリギリ間に合ったけど、既に全員揃ってたのを見て自分が一番最後と察した黄瀬は、誰かが一言でも発するその前に、素早くぺこりと頭を下げた。
 思った通り、スタッフの皆は「大丈夫だよー」って笑ってくれたが、正直なところ少々危なかった。
 本来ならば十分前集合を心がけるべきなのに、久々に緑間と逢えた嬉しさでつい時間を忘れてたのだ。
 なにも別にモデル業界に限ったことではないが、集団の中でやっていくならば人間関係は大事だ。特に、お金が絡む仕事なら尚のこと。
 中学の時から周りにアホの子扱いされてる自覚はあるし、面と向かってアホの子じゃないと反論も出来ないが、これでもそういう――いわゆる、バスケと仕事に関することはキッチリしてるつもりだ。
 ただでさえモデル業よりバスケを優先してると、自分のことをよく思ってないモデル仲間もいるのに、自分から陰口を叩かれるかもしれない隙を作るわけにはいかない。予防線も含めてスタッフを味方につけとくのは大事だ。
 もっとも、そんなこと意識しなくとも黄瀬とスタッフとの仲は良好なのだが、そういう裏側もあるということを頭の片隅に置いとくのは、この業界を生きていく上で大切なことだった。
 正直、あまりそういう風に考えたくはないのだが。
「黄瀬クーン、髪整えるからこっちきてー」
「あ、はいすぐ行きます」
 言われるままに、ヘアスタイリストのところへと小走りに駆けて、用意された簡易椅子に腰掛ける。
 顔なじみのヘアスタイリストが熟練の手つきで、走ってきた所為で結構乱れてしまった髪を綺麗に整えてくれる。
 その間、黄瀬はこの後どこの店に緑間を連れて行こうか、そのことばかりに思考が飛んでいた。
 今日の予定は、この服であと数カット撮れば終わりの筈。陽もまだ高いし、ちょっと遠出するのもありだ。
 そういえばこの間、雑誌で特集してたイタリアンの店に行ってみたかったのだった。いっそ家に電話して夕飯をいらないと伝えて貰い、緑間と夕食を一緒しても良いかもしれない。
 ふと、緑間はどこだろうと黄瀬が視線を彷徨わせて探すと――いた。
 遠くもないけど近くでもない、撮影の邪魔にならない程度には離れてるけど、ちゃんと黄瀬の視認範囲にいてくれてる。
 ああして公園の端で木に寄りかかって文庫を開いてる姿は近寄りがたいというか、独特の雰囲気があるというか。
 正直似合いすぎ、と思った黄瀬は、どこの文学青年ッスかっと心の中でツッコミを入れた。
 わざわざこちらから見える場所に居てくれるのはきっと、さっき「もし待ちくたびれても帰っちゃわないで下さいッス」と釘を刺したからなのだと思われる。
 ワザと大袈裟なため息を吐いて、呆れたような声音で「仕方ない、ここに居てやるのだよ。判ったらさっさと終わらせろ」なんて心の声が聞こえてきそうだ。
 口では冷たいことを言いつつも、緑間は黄瀬のことを考えた上であそこに居てくれるのだ。
 嬉しさのあまり気分が浮いて、自然と口元がにやける。
 今日のおは朝を録画しておいて本当に良かった。かに座の運勢を見たとき、これで緑間に逢えたらラッキーと思っていたのだが、まさか本当に叶うと思っていなかったのだ。
 ちなみに今日の双子座は一位だった。ラッキープレイスも緑の多い公園だったから、これまた当たっている。たかがテレビの一コーナーだというのに、相変わらず侮れない占いだ。
 にしても、こうして一定距離離れて眺めていると、緑間は格好良いと改めて思う。
 身長は自分よりも高く、手足はすらりと長い。頭脳明晰成績優秀、顔立ちだって――自分には敵わないかもしれないけどイイ線いってると思う。
 ああやって黙ってればモテそうなものなのだが、昔から浮いた噂をひとつも聞かないのは、おは朝占いとラッキーアイテムにこだわる変わった性格だからだろうか。それとも取っつき辛く見えるうえに口を開けば結構辛辣だからなんだろうか。
 ラッキーアイテムと言えば、あの緑間の口からサンリオだのマイメロディだの固有名詞が飛び出るのは、ある種聴覚への暴力だと黄瀬は思う。
 ギャップがありすぎて、それも緑間と一緒に居る面白さの一つではあるのだが、さっきは吹き出してしまいそうなのを堪えるのに必死だった。
(ま、緑間っちから占い取っちゃったら面白くないッスよねえ)
 なんだかんだと優しいところもあるけど、それを把握出来るのは気心知れてからなんだよなー、と黄瀬は中学時代を思い返した。
 正直に言えば、黄瀬も緑間のことを才能はあるし頭も良いけど付き合い辛い変人というくらいにしか認識していなかった。
 そんな緑間への評価を大きく改めたきっかけは、本当に偶然だった。
 あの頃――帝光時代、青峰があまりにも黒子と仲が良く、黒子から誰よりも多くパスを貰ってるのが羨ましくて仕方なかった。
 黒子のことが大好きだった黄瀬は結構本気で苛々していて、けれど愚痴を吐き出す場も無く、悶々とした日々を過ごしてた。
 そんなとき、本当にたまたま緑間と帰りが一緒になったのだ。
 キセキの面子が他に居らず、自分と緑間の二人しか居なかったことと、生真面目な緑間の性格上誰かに話したりしないだろうと思い、黄瀬はついつい青峰のことを愚痴った。
 何より黄瀬は、緑間も黒子のことを好きなのを、何となく気づいてた。それなら青峰に思うところがあるだろうなーというのが、素直に心情をこぼせた大きな理由だったと思う。
 黄瀬としてはただ聞いてくれるだけで良く、相手から何か言って貰うなんて事は微塵も期待していなかったのだが、緑間の反応は黄瀬にとって予想の斜め上だった。
 言ってることは少しばかり理屈っぽかったが、不器用ながら緑間なりに自分を慰めてくれているのがよく判る言葉を沢山くれたのだ。
 目から鱗が落ちる思いだった。
 人付き合いが得意ではなく、変人のレッテルを自ら進んで張っているような男の、要領の悪い優しさを垣間見た気分だった。
 その日からだ。黄瀬の中で黒子が一番大好きなのは変わらないけれど、緑間の存在が二番手に躍り出たのは。
「どうしたの、黄瀬君。ぼうっとしてるけど」
 スタイリストに声をかけられて、思ったより長くトリップしてたらしい黄瀬はハッとして、こちらをじっと覗き込んでくる心配そうな顔に、営業スマイルを浮かべた。
「あー、何でも無いッス。えと、水貰って良いッスか。なんか喉渇いちゃって」
「良いけど、さっきの休憩で水買いに行ったんじゃ無かったの?」
「そうだったんスけど、偶然友達に会っちゃって。話し込んでたら買いそびれたんスよ」
 はい、と手渡されたペットボトルは一応クーラーバッグから出されたものだったが、五月の陽気に晒されていた為か、当然ながら随分温くなっていた。
 本当ならばは冷たい水で喉を潤したかったけれど、贅沢を言える立場じゃないしと黄瀬は封を開けてそれを飲む。
 自分で思っていた以上に喉が渇いていたらしく、温くても十分美味しく感じられた。
「友達って、さっき一緒に居た、あそこにいる本読んでる眼鏡の子?」
「そうッス。中学のときのチームメイトッスよ。久々に一緒の時間取れそうなんで、この後なんか食べに行こうって誘って、撮影終わるの待ってて貰ってるんス」
「ふうん、黄瀬君の友達ね。長身だし、ちょっと雰囲気あるし、彼もモデルやったら黄瀬君みたいにイイ線いきそう」
 はは、何冗談言ってるんスか――そう続けようとした黄瀬の言葉は、カメラマンが放った言葉の衝撃に霧散した。
「良いかもしれないね。確かに彼、カメラ映えしそうだ。黄瀬君、試しにちょっと彼と君で撮ってみないか?」
「だめッス!」
 反射的にそう叫んだ声の大きさに、一瞬周囲がしんと静まり返る。
 どれだけ大きかったのかというと、遙か向こうにいる緑間が、遠目にも判るくらい驚いた顔をしているのが判るほど。
 ああ、あんな驚いてる緑間っちの顔なんて超珍しいのに、もっと近くで見たい――なんて思ってる場合では無かった。
 様々な種類の視線が黄瀬に集中してるが、あえて表現するなら驚愕と奇異の入り交じった雰囲気。
 それもそうだ、黄瀬が今まで作ってきた『モデルの黄瀬涼太』はこんな風に大声で叫んだりしないのだから、仕方ないと言えば仕方ない。
 凍った空気を解凍すべく、黄瀬は戻ったときと同じように頭を下げる。
「いきなり大声出してスミマセンっした。あー、えっと……あの友達、進学校なんス。だからモデルとかそういうの、学校が煩いんじゃないかなーって」
「ああ。そういえばあの制服、秀徳か」
「秀徳って進学校よね」
 そうなんッス、と黄瀬は意図的に神妙な表情を浮かべた。
「それに、頼まれると断れない性格だからって思ったら、つい声出しちゃって」
 本当は秀徳の校則が厳しいかなんて知らないし、緑間は嫌なことは嫌だってはっきり言うタイプだが、ここは嘘も方便だ。
 肩を落としてすまなそうに頭をかいていると、周囲の空気が和らいでいくのが判る。
「そんなに気にしなくていいよ、ちょっと驚いただけだから」
「もー、ビックリしちゃったわよ」
「黄瀬君ってば意外と友達思いじゃない。見直したよ」
「ひっど! 意外ってどういう意味ッスか!」
「イケメンは薄情なほうが魅力的なんだけどねー、今日の服のコンセプト的にもそんな感じ」
「そうそう、それで恋人にだけ甘いんでしょ?」
「あー、判る判るっ」
「こないだのドラマでそういうシーンあったよね」
 女性スタッフ達が自分のことそっちのけで好みのイケメン像を語り出したあたりで、黄瀬は会話から上手く抜け出した。
 もう一度改めて個別に謝って置いた方が良いと判断した黄瀬は、緑間モデル発言をしたカメラマンのところに行って、再度頭を下げる。
「ほんとに、いきなり大声出してスミマセンっした」
「いいっていいって、気にしてないよ」
「そう言って貰えるとありがたいッス」
「まあ、正直ちょっと驚いたけどね」
 自分よりも二回りも年が上なのに、偉ぶったとことが全くない気さくな性格のカメラマンも、今回ばかりは流石に苦笑ものだったのか、軽く肩をすくめた。
 昔から自分のことを撮ってくれてる顔なじみの人で本当に良かった。もし今日初めて組む人だったら、この後の撮影に支障が出たかも知れない。
「面目ないッス」
 はっきり言って一番驚いたのは、周囲のスタッフでも無ければ緑間でもなく、他ならない自分自身だった。
 さっきも思ったことだが、緑間ならばきちんと自分でちゃんと断るだろう。
 けれど、もし――カメラの前で笑ってる緑間など想像も出来ないが、万が一モデルを引き受けたら。
 あの仏頂面がいいと評価され、笑わなくても良いなんて条件で硬派な表情をした写真が雑誌に載ったりなんかしたら。
 人気が出て女の子に囲まれちゃったりなんかするわけだ――なんて事を考えていたら、黄瀬の胸中にもやもやした感情が生まれていくのが判る。
 中学の時、キセキの世代達と――青峰や赤司、紫原に桃井に黒子と一緒に居る緑間を見ても、特に何も思わなかったのに、他の女の子やここにいるスタッフ達はダメなわけだ。
 そういえば海常の試合を観に来てくれたときも、同じ学校の友達らしき人が後から来ていて――確か名前は高尾と言ったんだったか。
 帝光時代もキセキの世代以外を寄せ付けなかったあの緑間が、秀徳で仲の良い人間を見つけられたことに安堵しながらも、まるで季節外れの秋風が胸の中を吹き抜けたように、黄瀬は一抹の寂しさを覚えたのだ。
 まいったな、と内心呟いて黄瀬は軽く頭を掻く。
 緑間が他の人に囲まれてわーきゃー言われるのが何となく気に入らないと思ったから、無意識のうちにあんな声を出してしまったのだということに、漸く思い至った。
 なんだか無性におかしかった。
 帝光中バスケ部のときにだって沢山の雑誌からキセキの世代を取材したいって依頼は来たし、その度に黄瀬は緑間に対して「もっと愛想良くした方が良い」とか「笑ってみたら」とか言っていたのに。
 いざそれが現実に起きるかも知れないと想像したら気に入らないなんて、自己中もいいところだ。
 同じような感情を黒子にも持っているのは自覚している。
 火神と黒子が良いコンビなのを見せつけられたあの試合でも、黄瀬は寂しかった。だが今、緑間に対して抱いている感情はちょっと種類が違う気がする。
 だが何がどう違うのかを言葉で上手く説明するのは難しく、自分の気持ちながら黄瀬には判らなかった。
「でも、ちょっと残念だったな」
「スカウトのし損ねッスか?」
「そうじゃないよ。いや確かにスカウトし損ねたってのもあるけど、さっき大声を出したときの黄瀬君を撮れなかったのが残念なんだよ」
「え?」
 言ってる意味が本気で判らない黄瀬が目をぱちくりさせていると「カメラマンの目を甘く見るんじゃないよ」とカメラマンがレンズを磨いていた手を止め、こちらに向かってカメラを構えた。
 いつもならば自分を映してくれるレンズを真っ直ぐ見返して表情を作ることが出来るのに、何故だか今は心の中を見透かされる気がしてつい、黄瀬はレンズから目をそらす。
「さっきの黄瀬君、良い表情してたよ。以前、君の特集が組まれたバスケ雑誌を見たことあるけど、あれに載ってた試合時の顔くらい真剣そのものだった」
「……そうッスか?」
「今もまだ、感情の残滓が見える気がするよ」
 カシャッとシャッターの降りる音に反応して、黄瀬はついレンズに視線を向けてしまった。
 ただ写真を一枚、しかも本番ではなく普通に撮られただけだというのに、何故か黄瀬はごくりと喉を鳴らした。 
「普段の笑顔が印象的な君に、あれだけの顔をさせるあの彼と、同じフレームに入れて撮ってみたかったんだけどね。興味あるよ、黄瀬君にとって彼はいったいどんな存在なのか。中学の時なら同じ学校だしバスケの取材って理由作って撮りに行けたのに、高校違うんだろう? 惜しいなあ」
「ははっ。どんな存在って――ただのチームメイトッスよ。元、ね」
 そうかい、と笑顔を浮かべるカメラマンに、果たして上手く――モデルの黄瀬涼太として、笑い返せていただろうか。
 カメラマンの視線が、再び木に寄りかかって何事も無かったように静かな表情で本を読んでいる緑間へと向く。
 本当に惜しそうな視線を送っているのを見て、一瞬、カメラマンの目を覆い隠してしまいたいと、ああして本に没頭している横顔の綺麗な緑間を誰にも見せたくないと思った自分に少なからず驚いた。
 胸の奥がちりちりと焦げるように痛い。
 いっそ今すぐに霰でも夕立でも何でも良いから降ってきて、撮影が中止になってしまえば良いのにと、本気でそんなことを考えている。
 そうすれば今すぐあの手を取って緑間と二人、降りしきる雨の中を駆けてこの場から離れることが出来るのに。
「なんにしても、今日はいつもよりいい画が撮れそうだ」
 撮る前から満足げに腕を組んでいるカメラマンの言葉を右から左に流した黄瀬は、一秒でも早く今日の撮影が終わって欲しいと思いながら、「そうッスか」と空返事をカメラマンに向けて呟いた。
タグ:緑間×黄瀬
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