2011年10月29日

ハロウィンSS──蒼灯×椎奈(創作)

ハロウィンSS第三弾は創作より。
蒼王蒼灯と椎奈です。

椎奈はハロウィンが大変苦手なんですが……
果たして今年は無事に過ごせるのか。
(ROのSSに登場する「椎奈」のモデルでもあります)



では、続きを読むからお進みください。 大嫌いな季節がやってきた、と椎奈は心中で愚痴を零す。
 いや、秋自体は好きなのだ。果物と穀物の収穫時期であり実りの季節。古来、食欲や運動、読書など様々な言葉を冠詞にしてきた良い季節なのは椎奈にもわかっているのだ。そもそも料理を好む椎奈にとって食材の美味しい季節を嫌う道理はない。
 そう、この季節すべてが嫌いなのではないのだ。
 ──たった一日、それも明日。
 明日という日さえ穏やかにやり過ごせればいい。喩え空気を読めと言われても明日はひたすらおとなしく平常運転の一日を過ごすのだと、ぐっと拳を握り締めた椎奈が心に誓ったその時。
「椎奈」
 頭上から響いた、やけに優しげな声音にびくっと心臓が飛び跳ねそうになった椎奈は、膝に埋めていた顔をこわごわ持ち上げた。
 膝だけではなくこの城の主である蒼王蒼灯の手が、怯えた猫のように瞳を潤ませた椎奈の頬に手を添えられる。
 鷹揚に微笑み頷いた蒼王蒼灯の、普段ならば心から浮き立つ気分になる愛しい笑顔──なのだが、明日という日を恐れる今の椎奈にとっては不吉なものに他ならない。
 もしもこの温もりを失ってしまったら、椎奈の息は止まるだろう。椎奈にとって蒼王蒼灯とは生きる柱、力の源。言葉では言い尽くせない存在だ。
 故に、基本的に蒼灯の命令は椎奈の中で絶対である。
 だがそれとこれとは別問題。アレを恐ろしいと思ってしまうのは、椎奈にとって防衛本能のようなものだった。もっとも、他の誰に言ったところで理解は得られても同意して貰えることはないのだが。
 頬をひくひくと引き攣らせながら椎奈は、蒼王蒼灯に向って笑みを返した。
「椎奈」
「な、ななななななんだ蒼灯」
「明日のメニューはもう決まったのか」
 今日までまったく話題に上がらなかったので今年は上手く逃げられるかもしれないと思っていた椎奈だったが、やはりそうは問屋がおろさないらしい。
 案の定、蒼灯が考えていたのは明日のことだったようだ。毎年のことなのだから、今日の今日まで話題にのぼらないほうが不自然であるのだが。
 あくまでちょっとした提案をする風に、椎奈はおずおずと口を開く。
「あ、あのな蒼灯。今年のハロウィンパーティなんだが……やっぱりやらなきゃだめか?」
「やらないのか?」
 心底意外という顔をした蒼王が切れ長の目を丸くしてこちらをじっと見る。
「や、やらなくても良いというのなら、やらん」
「そうか。お前が嫌だというのならば仕方がない」
 意外や意外、あっさりと希望が通ると思わなかった椎奈は、拍子抜けして肩から力が一気に抜けたのか、思わずはふうと息を吐いた。
 これであれを見なくて済む──と安堵したそのときに「ただなあ」とあからさまに困ったような表情を浮かべた蒼灯の言葉が頭上から降ってきた。
 腕を組んでさも困ったように頷きを繰り返す。
「皆、ハロウィンパーティを楽しみにしているし、お前の料理が食べられると思っているだろうからな。もしパーティがないと知ったらさぞや落胆するだろうな。さて、どうしたものか」
 ぐ、と椎奈は言葉に詰まった。
 そこを突かれると痛い。皆をがっかりさせたいわけではないのだ。パーティを開くならそれは一向に構わない。ただ、ハロウィンというのが問題なのであって。
 言いたいことが上手く言葉にならず、ただ口をパクパクさせている椎奈の頭を蒼灯が撫でる。
「お前が嫌だと言うのなら仕方がないな」
 再度繰り返された言葉が椎奈の良心にざっくりと刺さった。
「だ、だってな蒼灯。俺は別にハロウィンが嫌いというわけじゃなくてな。パーティも大好きだしな。ただその、知ってるよな、俺はあの、あいつが大っ嫌いで」
「ああそうだな」
「だからっ」
 優雅な所作でカップの紅茶を口に含み、ふうと小さく息を吐いた蒼灯がにっこり笑う。
「知っている。だから俺は別に構わんぞ」
「……意地悪だな、蒼灯」
 意気消沈した椎奈は蒼王蒼灯の膝に再び沈んだ。
 パーティを開くこと自体はやぶさかではない。というか椎奈はパーティが好きだ。正確に言えばパーティの準備が大好きなのである。一体どんな料理を作ろうか、誰が何を好きだから今回はこんなものを作ろうか。その季節で旬の材料を調べるのもまた楽しみの一つだ。部屋やテーブルの装飾や、用意する食器類もパーティにあわせて用意することを考えると心が弾む。皆が集まって笑顔を浮かべている様子を思うだけで浮き浮きするのだ。
 なのだが。
 ハロウィンパーティに限って、椎奈が嫌がる理由──いったい何がネックなのかというと、椎奈はジャック・オ・ランタンが心の底から苦手だった。
 あの不気味な表情、そしてくりぬかれた目と口から垣間見える底知れぬ闇。ならば中に蝋燭が入っている提灯は平気なのかというとそうでもなく、チロチロと揺らめく炎が背筋に冷たいものを走らせる。
 大きさは関係なく、凡てのジャック・オ・ランタンが苦手というか、恐怖の対象だった。
 誰に言っても同意を得られたことがない。あんなものに怯えるなどどうかしていると思うときもある。だが生理的な恐怖というものは、自分ではどうしようもないのだ。
 一度、惰弱な精神を律しようとジャック・オ・ランタン克服を目指してみたことがある。床にも棚にも天井からも所狭しと敷き詰められたジャック・オ・ランタンに見つめられるという精神修行の為の苦行部屋を蒼王蒼灯に用意してもらったのだが、扉を開けるのに先ず数十分を要した。その後必死で心を強く持ち、額から流れる汗を振り切って勢いのままに扉を開けたのだが、中の風景が見えた瞬間椎奈は硬直し、そのまま意識を飛ばしてしまった。
 この部屋の案を提示したのは椎奈だったのだが、精神を律するどころかかえってトラウマを増幅させるだけで終わったのである。
 こうなっては、もうジャック・オ・ランタンとの距離をとるしか方策はない。だから今年はパーティを回避しようとしたのだ。
 温かな膝に突っ伏したまま、椎奈は独り言のように呟く。
「俺があのかぼちゃを苦手なのも、先日の克服計画を失敗したのも知ってるだろう」
「ああ」
「なのに、そういう風にいうのは意地悪だと言ってるんだ」
「意地悪とは心外だ」
「違うのか?」
「俺はただ、お前が後々に後悔しないよう言葉を重ねているだけだ」
「……後悔?」
 そうだ、と蒼灯が頷く。
「自らが原因でパーティが開けなかったとして、後々お前がそれを理由に己を苛む可能性があるならば、俺は心を鬼にしていくらでも忠告する」
 真摯な蒼灯の言葉をきいて、椎奈の瞳からうろこが零れ落ちる。
 確かに、このまま自分の好き嫌いでパーティを中止したところで、皆の楽しみを奪ったと秋が過ぎてもぐずぐずといつまでも悩んでいるだろう己の姿が目に見えるようだ。
 それに今年だけ忌避したところで来年もハロウィンはやってくるのだ。いっそ腹を決めて毎年その日に向け胆力を蓄えていったほうが建設的ではないだろうか。
 よし、と力強く頷いて椎奈は顔を上げた。
「やはり開こう。ハロウィンパーティ。皆が楽しみにしているものを俺個人の我が侭で無しにするのは本意ではないからな」
「いいのか?」
「ああ、やるぞ! というわけでな、決めたからには盛大にな。準備期間が短いからな、早速海の幸山の幸に精通している者達に協力を仰いでメニューを決めよう。なあ蒼灯、何か食べたいものがあるか?」
「お前の料理が食べられるなら、それが一番だ」
 まさに鶴の一声──好きな相手にそんなことを言われて嬉しくない者はなく、椎奈とて例外ではない。
「ならお前の好きな中華……と言いたい所だが、西洋の祭りなのだよな。ああそうだ、いつものように和洋折衷なバイキング方式にして、その中にお前の好きな伊勢海老のチリソースを入れよう」
 先程までのローテンションはどこへ行ったのか、カンフル剤を打ち込まれた椎奈は瞳をきらきらと輝かせてすっかり舞い上がり、がばっと起き上がってぎゅっと両手の拳を握り締めた。
「楽しみにしている」
「ああ、ものすごく楽しいパーティにするぞ。ジャック・オ・ランタンもきちんと用意するが、かぼちゃおばけなどには負けん!」
「ならば俺も手塩にかけた手製のジャック・オ・ランタンを用意しよう」
「……お手柔らかにな? あまり大きいのはいらないぞ?」
「俺はお前が怖がっている可愛い顔も見たい」
「…………本当に、お手柔らかにな?」
「ああ、そこまでいうのならば多少の手加減はしよう」
 くすりと微笑む蒼灯の頬をむにっとつまんでから、椎奈も微笑む。
 本番は十月末──微笑ましげな蒼灯の視線と、綿毛を撫でているような柔らかい愛撫に包まれながら、すっかりご機嫌になった椎奈はハロウィンに向けて、あれやこれやと計画をさくさくと決めていった。