2010年08月30日

想い出。(総覗&白狼)

 湖と呼ぶには小さく、池と呼ぶには大きい水辺のほとりで膝をついていた白狼は、深いため息を吐く。
 この時期にはなかなか姿を見かけない薬草が急遽必要になったので、日課である薬草摘みに合わせて探しに来てみたものの、やはりどこにも見当たらない。
 何とか見つかればいいのだが、そう簡単にはいかないだろう。
 その薬草は治療に必須というわけではないのだが、あれがあるとないでは苦痛の軽減度がまったく違う。流行り病ではないはずなのだが、先日同様の症状が出た患者に作り置きしておいた分を使ってしまったのが痛い。
 気を入れなおして再び目当ての薬草を探し始めた白狼の躯が不意に陽射しから隠れる。
 少しばかり顔を上げると、見慣れた足が目の前に立っていた。さらに視線を上げていくと、そこには予想通り精悍な造作の顔に爽やかな笑みを浮かべた幼馴染──総覗がいた。
「薬草摘みか」
「見ての通りだ。それに、ちょっと厄介な熱を出してるのがいてな。熱さましにいい薬草があるにはあるんだが、この時期はなかなか生えてない。そいつをどうにか見つけないとってわけだ」
「手伝うぞ」
「それはいいけど総覗、お前に要る草がわかるのか?」
「教えてもらえれば、それくらいは」
「なら、わかり易い方を頼む。ここ見てくれ。こんな風に根元に筋が入っている、背の低いものを選んで摘んでくれ。俺は熱さましに要るほうを探す」
「了解」
 頷いた総覗はその場にしゃがみこんで白狼が指示したとおりの薬草を摘んでいく。
 基本的に白狼は他人に薬草摘みを任せない。ヘタに関わらせると、有用だとわかった草を見境なく積んだ上に売り払ったりされる恐れがあるからだ。仲間とはいえ金銭が関わることなのでそのあたりは十分に注意を払っている。
 総覗の場合、そんな心配もないから気軽に頼むことが出来るのだ。
 二人ともしばらく無言でいたが、ふと総覗が体を起こして白狼に呼びかける。
「なあ白狼、この花って見覚えないか?」
 総覗の手に握られていたのは、小さな白い花弁が集まって球状となっている花だった。
「覚えてるさ。昔、器用に花輪作ってたよな」
「ああ、やっぱり」
 白い花をじっとみつめ、総覗が懐かしそうに目を細めた。
 懐かしい話だ、と白狼もその花に纏わる記憶に思いを馳せる。
 それは彼らが物心つくかつかないか、そんな頃の話だ。
 周囲の女性達が茎を器用に編みこんで花輪を作っていた。首にかけたり、頭を飾ったりしているのを見て、二人も花輪を作りたがった。
 今でこそ薬師として弓師として充分に器用な白狼だが、当時は花輪ひとつもうまく作ることが出来ず、完成できたのは総覗だけ。自分の分が出来ずに口をへの字に曲げていた白狼の頭に、俺のをやるよと言って総覗はできたての花輪を載せた。
 暫し瞳を閉じて幼い頃の思い出に浸っていた白狼の頭に、ふわりと何かが載せられた。
「総覗?」
「男が花で飾っても別にいいな」
 白狼が思い出に浸っている間に総覗は、あの頃作ったものとは少し違う造りの、花の数を減らし簡略化してささっと作り上げた花輪を白狼の頭にのせたらしい。
 満足げに頷いた総覗に白狼はわざと大きなため息を吐いた。
「こういうことするなら、もう手伝い頼まないぞ」
「え?」
「この花も薬草なんだ。無為に摘んでほしくない」
「そうか、それはすまなかった」
 素直に謝って総覗が頭を下げる。
「昔は効能が判明してなかったから気軽に花輪に使ってただけで、今は大事な薬草なんだ。ま、次からやらなければいいさ」
「でもな、白狼」
「何だ?」
 顔を上げた総覗が晴れやかに笑いかける。
「この花たちは、お前を飾れて喜んでると思うぞ。こんなに似合っているんだからな」
「……」
 これだから、こいつは──。
 喉元まで出掛かった言葉を辛くも飲み込んだ白狼は、肩を落としてため息を吐くに留める。
「馬鹿言ってないで、さっさと摘んで戻ろうぜ」
「ああ」
 頷いた総覗が再び腰を落とし薬草探しを再開する。
 もう一度、今度は小さくため息を吐いてから。頭に花輪を載せたまま、白狼も薬草摘みを再開した。