2010年08月28日

誰のために。(総覗&白狼)

 どこまでも広がる草の海を二つの影が走り抜けていく。
 常人とは思えない速度で抜きつ抜かれつしながら、二人──総覗と白狼は遠方の大樹へと向かっていた。
 その根元にはあらかじめ赤い木の実がなっている枝が地面に突き立てられ、そよぐ風に揺らいでいる。
 少しばかり早く大樹に到着した総覗が、その枝を軽々引き抜いた。
 その僅か後にたどり着いた白狼が負けたことを悟って悔しそうに舌を鳴らすと、額に浮かんだ汗を手の甲で拭ってから草の上へ仰向けに寝転び、透き通るような青空を見上げた。
 長い黒髪を結っていた紐が解け、流れるような漆黒が草むらに広がる。
「やっぱり走るのはお前に敵わないな」
「この距離が俺に有利なだけだ。長距離なら白狼、お前のが早いだろうし。大体今のは結構僅差だったぞ」
「どうだかな。謙遜も過ぎると嫌味だぜ、総覗。たとえ距離が違おうと、駆け足でお前に敵う奴はいやしないさ」
 大樹に寄りかかって涼しそうに風を受けている総覗を見上げ、白狼は大きく息を吐いた。
 実際、駆け足で総覗に勝てるとは思っていない。ただ鍛錬は怠りたくないので毎日こうして競争の誘いをかけている。
 負けるとわかっていてももちろん悔しい。が、能力の差は天賦のものなのでいかんともしがたい。
 努力だけでは総覗の背中に追いつけないのだ。
「そんなつもりはなかったんだが、悪かった」
 困ったように笑う総覗を見て、少し言い過ぎたと感じた白狼は気まずさを隠すように手近の葦を引き抜いて口に銜えて瞳を閉じた。
 白狼の隣に腰を下ろした総覗は、到着点に用意しておいた水入りの皮袋を口にして喉を潤す。
 ふう、と息を吐いた総覗は水の入った皮袋を白狼の頬に当てた。
 何をするんだという表情の白狼がゆっくりとまぶたを開けると、そこには迷いのない総覗の瞳が至近距離にあった。
「何だよ」
「白狼。俺は、お前の薬も弓も頼りにしてる」
「知ってるさ。それでも、俺は少しでも強くありたいんだ」
「今のままでも十分だってのに、何がお前をそうさせるんだろうな」
 遠くを見やる総覗に、お前が知るわけないと白狼は内心毒づいた。
 自分の属する集団の頭領を継ぐ立場の総覗。白狼はそれを補佐する者として万能でありたいと願っているだけだ。
 さまざまな薬を調合することも、仲間内の動向を把握することも、弓の腕を磨くことも。
 そして総覗の背中を守るためには、そこに追いつけなければ意味がない。故に白狼は鍛錬を続けている。
 つまり全ては総覗のため──なのだが、当人を目の前にしてそれを言うのは流石に照れくさい。
「……さあな……」
 小さくつぶやいた白狼の言葉に、総覗が無言の微笑みで返した。