2010年08月13日

憧憬(手塚&大和)

 あの人との出会いは中学一年生の春──名門と呼ばれるテニス部で部長を務めていた。
 当時、俺の実力はすでに周囲の先輩方を凌いでいた。
 けれど己の力を誇示したいとも、それによって先輩方との余計な摩擦を生みたいとも思わなかった俺は、ひたすらに本来の力を隠し続けた。
 周囲の和にとって良かれと思った行動だったが、所詮は中学一年生の浅知恵。
 実力が露見したときに更なる揉め事の火種となるだけだった。
 結果、火種によって生まれた争いで受けた傷跡は、完治したとはいえ今も俺の左腕にまざまざと残っている。
 あれから二年経った今ならば、もう少し上手いやり方があったのではないかと思えるのだが、もしも当時に戻れたとしても、生来不器用な俺はきっと同じ選択を繰り返してしまうのだろう。
 激情に任せ、部を辞めると宣言をし──あの人に諭されるのだ。
「君には、青学の柱になってもらいます」
 あの人にそう言われた時、はっきりと気づいた。
 薄々感じていたことではあったが、俺よりもテニスの実力が劣るあの人にあって、俺にないもの──それは今も変わることのない、永遠の壁。
 年齢の差分という一言では到底片付けることができない。
 十代における二歳の差は確かに大きいかもしれないが、初めて逢ったときのあの人の年齢に届いた今の俺が、当時のあの人と肩を並べられるかと問われると、否としか言えない。
 謙遜ではなく、今も俺自身が「あの人以上に得た」と自負出来ないのもの。
「立派になりましたねぇ……手塚クン」
「……大和部長もお変わりない様で」
 かつての青春学園テニス部部長、大和祐大先輩に対して俺は敬意をこめて深々と頭を垂れる。
 風貌だけで言えば、中等部在学時から比べて大きく変わった。今はトレードマークだった眼鏡を外しているし、全体的に雰囲気が垢抜けた。
 が、温かな笑みと穏やかな声。そして俺が最も憧れ現在もなお尊敬している、人間としての器の大きさはなんら変わらない。
 こうして直に接すると、遠目から見ていたとき以上にそれを肌で感じる。
 越前に青学の柱を託した試合や、関東大会での跡部との対戦、そして校内ランキング戦での不二との試合すべてと異なる期待が俺の中で脈を奏で始める。
 何故だろう。
 理由は判らない、というよりも言葉にするのが非常に難しい。
 だがひとつ言えるのは、この合宿に大和部長が参加していらっしゃると知ったときから俺は、この試合を心から待ち望んでいたということだ。
 一介のテニスプレイヤーとしてだけではなく、青学の柱としてこの人を超えることが、あのときから俺の目標だったのだと、この人を目の前にして俺は改めて思った。
「それでは、これより試合を始めます」
 審判のコールがやけに遠く聞こえる。
 珍しく緊張の汗を手にかいた俺は、ラケットのグリップを強く握り締めた。