2010年03月04日

X-Day (8)

 バレンタインデー──それは、愛する人へ気持ちを込めてチョコやらクッキーやら、果ては色々なプレゼントを贈る日。女性が男性に贈るのが一般的ではあるが彼等は互いに同性、つまり男性同士だった。
 なら、どちらがあげてもさして問題はないだろう。要は愛する人が喜んでくれれば良いのだから。
「とりあえず、量か」
 ふむ、と彼──依皇は思考を巡らせる。腕の中で眠る愛しい恋人である水の寝顔を堪能しつつ、頭ではバレンタインに何をプレゼントしようか悩んでいた。
 どうすれば、何が一番喜ぶだろうか。水は見かけによらず非常に大食漢であるので、先ずは量があるといいだろう。沢山食べるとなると、飽きがこないよう複数の味があると良い。
 そうなると手軽なのはクッキー辺りだろうか。搾り出し、アイスボックス、型抜き等見た目も楽しんでもらえる。ショコラ、プレーン、ナッツと味も多くのバリエーションがある。惜しむらくは、ケーキなどとは違ってあまりお腹にたまらないことである。
「作るとしたら、前の日かな。それとも、当日に作ってお茶をしてもいいか」
 バレンタインと言っても依皇は別段水に内緒で作るつもりはないので、一緒に作っても良いと思っていた──というか依皇は水を片時も腕から放す気がないというのが一番の理由だが。
 プレゼントについては、今回は全員同じくマフラーにするのだと聞いている。
 折角だからおそろいで作るか、それとも長い一本のマフラーを編んで二人で使うか。
 三十路を超えた自分がマフラーを編んでいる姿というのもなかなかシュールさを感じさせるが、愛する水の為であればどんなことでも依皇は羞恥を感じないだろう。
 何より、水の為に何か出来ると言うことの喜びが勝るので、羞恥などという感情自体が生まれないかもしれないが。
 そんなことを考えつつも、すやすやと眠る水の穏やかな寝顔をじっと見下ろしていたのだが。
「……」
 いつものパターンではあるのだが、ふと悪戯心がむくむくと沸いてくる。
 瑞々しく張りのある陶磁器のような美しい肌に咲いた、形の良い水の唇にそっと口付けると、水の喉奥から吐息と共に僅か鼻にかかった甘い声音が漏れた。
 ごくりと喉を鳴らした依皇の瞳が獣を思わせるほどの鋭さを帯び、官能的な表情が浮かぶ。
「……水」
「依皇さ……」
 眠りが浅かったのか、無意識に返答する水の唇を再度塞ぐと、痙攣したように水の躯が軽く跳ねる。恐らく熱の余韻が抜け切っていないのだろう。
 触れるだけの啄ばむようなキスを暫く繰り返していた依皇だったが、唇を離し意識的にゆっくりと呼吸する。
 それを何度か繰り返し、ふう、と息を吐いたときには、依皇の表情は先程の穏やかなものに戻っていた。
 いけないいけない、と依皇は一人呟く。
 今夜は『かなり体力を消耗させてしまった』ので、ゆっくり寝かせてあげようと決めていた筈だったのだが、水の艶やかさに思わず我を忘れてしまうところだった。
「まったく、今日はおとなしくしていようと思ったのに。水がこんなに可愛いからいけないんだよ」
 勝手に恋人の所為にしてから依皇は、静かな寝息を立てる水の汗ばんだ額に優しく額に口付けた。